「逆鱗(げきりん)に触れる」。目上の人を、ひどく怒らせてしまうことです。上司、取引先、先生。自分より上の相手にしか使いません。

では、逆鱗とは何か。竜の喉の下に、逆さを向いて生えている鱗のこと。そこに触れた者は、必ず殺されます。

出どころは『韓非子』の説難(ぜいなん)篇。ただしこの章、竜の話をしたくて書かれたものではありません。

第1話 · 身、危うし

説難とは、「説(と)くことの難しさ」。遊説の説です。つまりこの章は、君主に意見を通すことの難しさだけを論じています。

冒頭で韓非(かんぴ)は、難しいのは知識が足りないからでも、弁が立たないからでもない、と言います。難しいのは相手の心を知って、こちらの言葉をそこに合わせることだ、と。

そこから先は、ひたすら実務です。秘密が漏れれば身が危うい。君主が口では立派なことを言いながら内心では別のことを望んでいる、そこに気づかず正論を述べれば危うい。手柄をひとり占めしたい相手に、それは誰それのおかげですと教えれば、やはり危うい。

「如此者身危」——こうなると身が危うい。この一句が、篇のなかで七回繰り返されます。

思想書というより、生きて帰るための手引きです。

第2話 · 竜は、乗れる

その長い手引きの、いちばん最後。三行だけ置かれているのが竜です。

夫(そ)れ竜の虫たるや、柔にして狎(な)らし騎(の)るべきなり。然れどもその喉下に逆鱗の径尺なる有り。若し人これに嬰(ふ)るる者有らば、則ち必ず人を殺す(『韓非子』説難篇)

竜という生き物は、なつければ背に乗れる。ただし喉の下に、一尺ほどの、逆さに生えた鱗がある。そこに触れた者は、必ず殺される。

そして続きます。人主(君主)にもまた逆鱗がある。説く者がそこに触れずにいられたなら、まずは上出来だ、と。

気づきたいのは、韓非が「近づくな」と言っていないことです。乗れる、と書いてある。ただしそこだけは避けろ、と。逆鱗の話は、恐れの話ではなく乗りこなし方の話でした。

よく「たった一枚の鱗」と説明されますが、原文に「一枚」とはありません。あるのは「径尺」——直径一尺ほど、という大きさだけです。

第3話 · 話すのが、苦手だった

では、この手引きを書いたのはどんな人だったか。『史記』は韓非をこう紹介します。人となり口吃(こうきつ)にして、道説する能わず、而して善く書を著す。

吃音で、うまく話せない。そのかわり、書くのがうまかった。

話すのが苦手な人が書いた、話し方の本。それが説難篇です。

韓非は韓の公子でした。荀子(じゅんし)のもとで学び、同門に李斯(りし)がいます。李斯は内心、自分は韓非に及ばないと思っていた——これも『史記』が書いていることです。

第4話 · 自ら陳べんと欲するも

韓非の書いたものが、秦に伝わります。読んだ秦王政、のちの始皇帝が言いました。ああ、この人に会って交わることができたら、死んでも恨みはない。

ちなみに秦王が読んだのは『孤憤(こふん)』と『五蠹(ごと)』で、説難ではありません。

やがて韓非は、使者として秦に入ります。秦王は喜びましたが、まだ信用して用いるには至らない。そこへ李斯と姚賈(ようか)が動きました。あれは韓の公子です、最後まで韓のために動きますよ、と。

秦王は納得し、韓非を役人の手に引き渡します。李斯は人をやって薬を届け、自殺させました。

韓非、自ら陳(の)べんと欲するも、見(まみ)ゆるを得ず(『史記』老子韓非列伝)

自分で弁明したかった。会わせてもらえなかった。秦王は後になって悔い、赦しの使者を出しましたが、韓非はもう死んでいます。

李斯は上奏文にこう書いています。陛下があの弁舌に惑わされるのを恐れます、と。話せないはずの人の、弁舌を、です。その文はいま『韓非子』の存韓篇(そんかんへん)に収められています。説得の教科書に、著者を消した説得が綴じ込まれているわけです。

司馬遷は列伝の終わりに、こう書きました。余(われ)独り、韓子の説難を為して自ら脱すること能わざるを悲しむのみ。説難を書いておきながら、自分はそこから抜け出せなかった——。

韓非は、逆鱗に触れて死んだのではありません。竜の前で、口を開く機会そのものを与えられなかった。竜は乗れる、と書いた人の話です。