ことばのルーツを、さくっと解説

その言葉の由来
しってる?

『完璧』も『矛盾』も、もとは2000年前の人間ドラマから生まれた一語。日常で使うあのことばの裏側を、さくっと読めるサイズで紹介します。

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#021 南北朝
画竜点睛 がりょうてんせい

南朝梁の画家・張僧繇が、金陵の安楽寺の壁に四頭の白龍を描いた。瞳を入れない四頭の龍に、人々がしつこく瞳を入れるよう頼む。点睛の瞬間、雷電とともに壁が破れて二頭が天に飛び去り、瞳を入れていない二頭はそのまま残った——晩唐の張彦遠『歴代名画記』に伝わる「画竜点睛」の故事を物語として紹介します。

張僧繇 読了 5 分 →
#020 外来語
一週間 いっしゅうかん

いま当たり前の「一週間」、語そのものの初出は明治十二年の歌舞伎。七つの曜日のもとは古代バビロニアの神々で、ヘレニズム期に日月火水木金土の順が決まり、空海が大同元年に『宿曜経』を日本に持ち帰った。だが千年、それは暦注の道具どまり。明治の改暦と日曜休暇令で、千年眠った曜日が一気に生活の単位として目を覚ます——その語源を物語として紹介します。

空海 読了 5 分 →
#019 春秋
臥薪嘗胆 がしんしょうたん

春秋末、呉の闔閭は越に攻め入って親指を射られて死に、子の夫差は薪の上に寝て父の仇を誓った。前494年、夫椒で越王・勾践を破る。会稽で降伏した勾践は呉に三年仕え、帰国してからは胆を舐めて『会稽の恥』を自問し続けた。前473年、勾践は姑蘇で夫差を追いつめる。『史記』越王句踐世家に残る「臥薪嘗胆」の語源を物語として紹介します。

勾践 読了 6 分 →
#018 日常語
さようなら さようなら

「さようなら」は、もともと「左様ならば」の略。「そのようであるならば」という接続詞が、江戸後期の話し言葉で「さやうなら、御きげんよう」のように使われ、やがて後ろが省略されて、別れの挨拶として独り立ちした。幕末には早くも英語に入り、戦後の映画『サヨナラ』(1957) で英語圏に広く知られた「Sayonara」の語源を物語として紹介します。

読了 4 分 →
#017 三国
三顧の礼 さんこのれい

後漢末、荊州に身を寄せていた劉備は、軍師を求めて隆中に住む諸葛亮の草廬を訪ねた。一度目、二度目は留守、三度目にようやく対面が叶い、天下三分の計を授かる——『三国志』諸葛亮伝と『出師表』に残る「三顧の礼」の語源を物語として紹介します。

劉備 読了 6 分 →
#016 日常語
いただきます いただきます

「いただく」は、もともと両手で頭の上に押し戴く所作。古来、神や貴人から物を賜るときの作法だったとされる。仏教では「頂戴」として深まり、食前の挨拶として全国に広まったのは、明治・大正の学校での作法教育、戦後の学校給食を経てから。いまも食卓で繰り返す「いただきます」の語源を、諸説をたどりながら紹介します。

読了 4 分 →
#015 戦国
虎の威を借る狐 とらのいをかるきつね

戦国時代の楚、宣王が「北方諸国はなぜ昭奚恤を恐れるのか」と問うた。説客の江乙が答える——「虎に捕まった狐が、私は天帝に百獣の長を任された者だ、信じぬなら後ろを歩け、と言い放った」。『戦国策』楚策一に残る「虎の威を借る狐」の語源を物語として紹介します。

江乙 読了 5 分 →
#014 日常語
もしもし もしもし

明治23年(1890年)、東京・横浜間で電話が開通した。受話器の向こうの相手を呼ぶ言葉として「おいおい」「申します申します」が試され、やがて「もしもし」が定着する。妖怪は「もし」と一度しか呼ばない——だから二度続ける、という伝承もある。日常で口にする「もしもし」の語源を物語として紹介します。

読了 4 分 →

クイズ

ことばの
ルーツ、当てる?

10問のクイズで、由来をどれくらい知ってるか試せます。所要3分。