「今日バイトなんだよね」——この「バイト」、もとは「アルバイト」。語源はドイツ語のArbeitです。ここまでは、けっこう知られた話。
面白いのは、その先。ドイツ語の Arbeit に、「副業」や「学生の小遣い稼ぎ」の意味はありません。
意味を狭めたのは、日本語のほうなんです。
第1話 · 本場では、ただの「仕事」
ドイツ語の Arbeit が指すのは、働くこと、仕事、労働。会社勤めも、学校の課題も、物理の教科書の「仕事」も、まとめて Arbeit です。辞書を引くと語義がいくつも並びますが、「本業のかたわら」に当たる項目は、どこにも出てきません。
ドイツで、本業や学業の合間に短く働くほうは、Nebenjob(ネーベンジョブ)——そのまま「かたわらの仕事」。「かたわら」は、別の単語がちゃんと引き受けているわけです。
だからドイツで Arbeit と言っても、伝わるのは「働いています」だけ。バイトの話には、なりません。
第2話 · みなしご、という根
では、もとの Arbeit は何だったのか。辞書をさかのぼると、中高ドイツ語 arebeit、古高ドイツ語 ar(a)beit。その語釈が、なかなか重い。
ar(a)beit =重い肉体的な労苦、辛苦、苦しみ。今日の意味になったのはルター以降——ドイツ語辞典『ドゥーデン』
働くことでも、稼ぐことでもなく、苦しみのほう。ゲルマン祖語の *arbaidiz にさかのぼり、ゴート語にも同系の語が見えます。
さらに奥。この語の根は、「みなしご」を意味する古い語に結びつけられています。親を失った子に背負わされる労働——そこから「労苦」が出た、と。ただし語の成り立ちは未解明で、言い切れません。
同じ根から、もう一本の枝も伸びています。古代教会スラヴ語の rabota、意味は「隷属」。芯にある rabŭ は「奴隷」。チェコ語の robota も一族——そう、ロボットの語源です。
第3話 · 学問の言葉として、日本へ
その Arbeit が日本に来たのは、ドイツ語が学問の言葉だった時代です。医学、哲学、法学。旧制高校や大学では、ドイツ語がそのまま会話に混ざりました。
だから初期の「アルバイト」は、バイトではありません。学者が指したのは、研究の仕事、それも研究論文そのもの。いちばん本気の仕事を、こう呼んだわけです。
大正 10 年(1921)の新語辞典『新しき用語の泉』には、もう「労働・作業・仕事」とあります。1933 年、物理学者の寺田寅彦は随筆にこう書きました。
これは科学的のアルバイトというものの本性に関する認識不足から起こる現象である——寺田寅彦「空想日録」
小遣い稼ぎの話では、まったくない。ちなみに山登りでは、いまも「きつい登り」をアルバイトと呼びます。「労苦」のほうの生き残りです。
第4話 · 焼け跡の、カタカナ
意味が大きく動いたのは、戦後でした。
焼け跡の大学。学費も生活費も足りず、学生は働くしかない。けれど、それを指す日本語は「内職」であり、「苦学生」でした。どちらも、じっとりと薄暗い。
そこへ、カタカナの「アルバイト」。同じ皿洗いでも、この名前なら「研究のかたわらの仕事」という顔ができます。学生は、体で稼ぐ口をムスケルアルバイト(Muskel は「筋肉」)と呼び分けました。見栄というより、踏みとどまるための言葉だったのだと思います。
1950 年代には勤め人の夜仕事までこう呼ばれ、進学率が上がる 1960 年代には、学生のあいだにも定着します。やがて頭の二文字が落ちて、バイト。
そして今度は、「かたわら」という但し書きが緩みます。1980 年代後半、アルバイトだけで暮らす人が目につきはじめ、アルバイト情報誌が「フリーアルバイター」を縮めてフリーターと名づけました。かたわらに置く本業が、そもそも無い。法律にも「アルバイト」という区分はありません。働く時間が短ければ、呼び名が何であれ同じ「短時間労働者」。「かたわら」は制度ではなく、語のまとった気分でした。
ドイツ語の Arbeit は、いまも Arbeit のままです。日本語のほうは、いちど「本業のかたわら」まで狭めて、いままた広げ直している最中。今日のシフトの名前の奥に、みなしごの労苦と、焼け跡の学生の意地が、ほんの少し畳み込まれています。