「卒業おめでとう」。三月になると、あちこちで交わされる言葉です。いま卒業といえば、学校から送り出される晴れの日であり、卒業式であり、手にする一枚の証書。あるいは「もうゲームは卒業した」のような、ちょっとした比喩。どれも底には、「一つの区切りを、終える」という感覚があります。
その感覚は、漢字がそのまま語っています。卒業とは、文字どおり「業を卒(お)える」。業は学業や事業、卒は「終える」。つまり、やり終えること。ただそれだけの、もとは晴れがましさとは縁のない、そっけない言葉でした。
第1話 · 卒という字
卒という字には、顔が二つあります。ひとつは兵卒・従卒の卒。しもべ、あるいは下級の兵をいう字で、もとは印をつけた粗末な衣を着た者を指したといわれます。
もうひとつが、「終える・おわる」の卒。卒業の卒は、こちらです。身分の高い人が亡くなることを「卒す(しゅっす)」と言うのも、一つの生が「終わる」から。同じ字でも、兵卒の卒と卒業の卒は、通ってきた道が違うのです。
第2話 · まだ晴れ舞台ではない
「終える」の卒でできた卒業は、漢籍では学校の外でも使われました。書物を最後まで読み通すこと、任された仕事を成し遂げること——そうした「やり通す」全般を指したのです。机に向かって一冊を読み切るのも、頼まれた普請をやり遂げるのも、等しく卒業。いまのような晴れ舞台ではなく、日々の「やり終えました」に近い、地に足のついた言葉でした。
業(ぎょう)を卒(お)える——学びも、仕事も、途中でやめず、最後まで。
だから「未(いま)だ卒業せず」といえば、まだ仕事の途中、という意味になる。そこには入学式もなければ、三月の別れもありません。ゴールに手が届いた、という完了の合図。それが、もとの卒業でした。
第3話 · 紙が一枚、渡される
時代は飛んで、明治5年(1872年)。政府は「学制」を布告し、全国に近代的な学校のしくみを敷きます。決められた課程があり、試験があり、それを修了した者へ——卒業証書が手渡される。
古い漢語「業を卒える」が、ここで制度の言葉として据え直されました。誰がどの課程を終えたのかを、紙が一枚、公に証明する。卒業は、個人がしみじみ抱く感慨ではなく、制度の上の区切りになったのです。
第4話 · 蛍の光がともるころ
制度が根づくと、区切りには儀式がついてきます。明治10年代(1880年代)には卒業式が各地の学校に広まり、やがて唱歌「蛍の光」を歌う光景も生まれました。灯火の油も買えず、蛍の光で書を読んだ——あの苦学の故事(蛍雪の功)を、卒業の日にそっと重ねるように。
明治の学校は、そのまま世に出て身を立てる、立身出世の入り口でもありました。学びを卒えた先に、次の道がある。だから卒業は、ただ「終える」ことから、みんなで祝う晴れの日の名前になっていきます。
そしていまでは、比喩にも広がりました。「もうあれは卒業した」——学校でなくても、一つの段階を抜けることぜんぶに、この言葉を使います。恋も、部活も、夜ふかしの習慣も。どこかに区切りをつけるたび、人は小さな卒業を、いくつも重ねていきます。
終える、を表すそっけない一字でできた言葉が、人生でいちばん晴れやかな一日の名前になっている。終わりは、たぶんいつも、次のどこかの入り口でもある——卒業という言葉は、それを毎年三月に、そっと言い直しているのかもしれません。