「サボる」という言葉、いま使うのは、授業を抜け出すとか、仕事の手を抜くとか。「今日はサボっちゃおうか」——ずいぶん軽い、日常のずるさを指す一語です。
でも語源をたどると、これはフランス語。しかも百年前、労働争議のまんなかから日本語へ入ってきた、けっこう物騒な言葉なんです。
第1話 · 木靴を、機械へ
よく知られた説明があります。
もとはフランス語のサボタージュ(sabotage)。その芯にあるのがサボ(sabot)——農民や職工が履いていた、木をくり抜いた靴です。産業革命のころ、機械に仕事を奪われた職工たちが腹を立て、その木靴を機械に投げ込んで動きを止めた。だからサボタージュ、と。
たしかに絵になります。木靴が歯車に噛んで、工場がしんと静まりかえる。……ただ、この場面を裏づける記録が、どうにも見つからない。英語圏の語源事典は「語源からは支持されない」と書き、フランス語の辞典にいたっては、木靴を投げた話にそもそも触れていません。
第2話 · 辞書を、さかのぼる
では、何から来たのか。フランス語の動詞 saboter を、古い辞書でたどってみます。
1690 年の語義は「木靴で音を立てる」。かたい木の靴で床を踏み鳴らす、あの騒がしさのこと。そして 1808 年には、もう別の意味が立っています——「仕事を雑に片づける」。木靴で踏み鳴らすようながさつさのほうが、比喩になった。労働運動より、九十年ちかく早い。
この俗語を戦いの名前として掲げたのが、1897 年、エミール・プジェという書き手でした。のちに彼自身が、こう説明しています。
「サボタージュ」という語は、十五年ほど前まではただの俗語だった。木靴を作ることではなく、「木靴で叩いたような」仕事を指す言葉として——エミール・プジェ『サボタージュ』
名づけ親その人が、木靴を投げた話をしていないのです。
第3話 · 神戸の造船所で
手本になった戦術は、スコットランドの ca’canny(カ・カニー)——「ゆっくりやれ」。同じ 1897 年、トゥールーズで開かれた労働総同盟の大会で、サボタージュは戦術としての「洗礼」を受けます。壊すのではなく、手を抜く。工場は動かしたまま、仕上がりだけを落としていく。
日本に着いたのは、大正 8 年——1919 年の秋でした。神戸の川崎造船所。賃上げと労働条件の改善を求めた本社工場の職工およそ千六百人が、9 月 18 日から怠業(たいぎょう)に入ります。この手を勧めたのは、取材に来ていた新聞記者・村島帰之(むらしまよりゆき)だったと伝えられます。
十日目、社長の松方幸次郎(まつかたこうじろう)が折れました。翌月から八時間労働制に切り替え、賃金は下げない——日本で最初の本格的な八時間労働は、この怠業から生まれています。
第4話 · 「る」がついた日
翌年、村島は『サボタージュ 川崎造船所怠業の真相』という本を出します。言葉は、事件と一緒に全国へ流れていきました。
そして日本語は、これを縮めます。「サボタージュ」から「サボ」。そこへ「る」をくっつけて、動詞にしてしまった。サボるの誕生です。ちなみにこれ、「ググる」「バズる」の、かなり早い先輩にあたります。
辞書がいちばん古い用例に挙げるのは、渡欧から戻った大杉栄の手記です。
しかし、同盟罷工其者をサボる労働者が、労働団体が、あるのには少々驚かされた——大杉栄『日本脱出記』
ストライキそのものをサボる労働者に、驚いている。使われはじめの「サボる」は、まだ労働運動の内側の言葉でした。それが学校へ、職場へ、一人ひとりの気分のほうへ降りてくるまでに、そう長くはかかりません。
千六百人が十日粘って、八時間労働という答えを引き出した言葉。それがいま、一限を抜け出す一人ぶんの大きさに収まっている。木靴は、たぶん一足も飛んでいません。