「蛇足」という言葉、いま使うのはだいたい「余計なひとこと」「足さなくていい一手」に対して。会議の終わり際に出てきがちな、ちょっと残念な一語です。

でも語源をたどると、これは戦国時代の楚の祭礼で起きた、一杯の酒をめぐる、ちょっと間抜けで切ない一場面なんです。

第1話 · 楚の祭礼、ひとつの酒

舞台は紀元前 323 年ごろのの国。ある祭礼の場でのこと。

主人が参加者に酒をふるまったところ、なんとも中途半端な量が残ってしまいました。

ひとりで飲み干すには多すぎる。とはいえ、客全員で分けるには、ひとくちも行き渡らない。

困った主人は、客たちを見渡してから、こう提案します。

「ここはひとつ、勝負で決めよう。地面にを描いて、いちばん早く描き終えた者が、この酒を全部飲む——どうだろう」

客たちは顔を見合わせ、にやりと笑って、いっせいに足下の枝を拾い上げました。

第2話 · 蛇を描き終えた男

地面の上に、何本もの蛇が走り出します。

ひとりの男が、群を抜いて速かった。

サッ、サッ——と地に線を引き、誰よりも先に蛇を描き終える。彼はすかさず左手で酒の杯を引き寄せ、もう勝ち誇った顔をしていました。

ただ、ふと周りを見ると、他の客はまだ描いている最中。

ここで男は、ちょっと余計なことを思いつきます。

「俺はまだ余裕があるな。足だって描けるぞ

そう言うが早いか、右手の枝を握りなおし、いま描き終えたばかりの蛇に、ちょこちょこと足を描き足し始めたわけです。

第3話 · 別の客が、酒を奪った

そのあいだに、別の客が、自分の蛇をきっちり描き終えていました。

その客はすっと立ち上がると、男の左手から杯を取り上げて、こう言い放ちます。

蛇に、足はない。あんたが描いたのは、もう蛇じゃないだろう」

そして、ひと息に酒を飲み干してしまった。

最初に描き終えていたのは、確かに男のほうでした。けれど、余計な一筆を加えてしまった瞬間、彼の絵は「蛇」ではなくなってしまった。勝っていたのに、勝ちが消えたわけです。

足のついた奇妙な絵を前にして、男はただ立ち尽くすしかありませんでした。

第4話 · 譬えが、戦争を止めた

——この話を「譬え」として語ったのは、戦国時代の説客・陳軫(ちんしん)

紀元前 323 年、楚の将軍・昭陽は、魏との戦いに勝って八つの城を落としたばかりでした。勢いに乗ったまま、続けて隣のまで攻め取ろうとしていた。

斉のために遣わされた陳軫は、昭陽の前でこの蛇の話をしてみせて、こう続けます。

「将軍は、もう魏に勝った。これ以上の手柄は、いま積み上げる必要がない。それでも斉まで攻めれば——いまの戦果は、蛇に足を描いたのと同じことになりますよ」

昭陽は、しばらく黙って考えてから、軍を引き返しました。

こうして、蛇に足を描いた男のひとつの絵から、戦争が一つ止まり、「蛇足」という言葉が東アジアに残ることになります。中国ではいまも、フルフォームの 「画蛇添足(がだてんそく)」 として日常に生きています。