「一石二鳥」。一つのことをして、二つの得をすることです。

四字熟語で、しかも「石」と「鳥」。いかにも中国に古い故事がありそうです。ところが、中国の古典をいくら探しても、この四字は出てきません。

もとは、英語でした。

第1話 · 論争の本の一文

英語の kill two birds with one stone。一つの石で、二羽の鳥を殺す。英語の大きな辞書が長く最古の例としてきたのは、1650 年代に出た、哲学者ホッブズをめぐる論争の本です。

よく「ホッブズが初めて使った」と紹介されます。けれど問題の一文は、自由意志をめぐってホッブズと争った、アイルランドのブラムホール主教の文章にあります。

T. H.(ホッブズ)は一つの石で二羽の鳥を殺すつもりで、一つの答えで二つの議論を片づけようとしている。実は、どちらにも答えていないのだが

ホッブズは、この句を言われた側でした。この例では、句は相手の手抜きを突く皮肉だったのです。ブラムホールの序文によれば、この皮肉を含む反論は、1655 年に本になる八年も前から、ホッブズの手元にあったといいます。

第2話 · ロンドン塔の面会

ただ、印刷された例なら、1655 年の本より早いものがあります。1649 年 5 月 25 日、ロンドン塔。

幽閉されていたのは、政治運動家のジョン・リルバーン。国王を処刑したばかりの新しい政権を批判して、捕らえられていました。そこへ、政権に近い説教師ヒュー・ピーターが訪ねてきます。

ピーターの言い分はこうでした。税関のあたりで侮辱を受けたので、塔の副長官に訴えに来た。あなたもここにいると聞いて、会っていこうと思った。一つの石で二羽の鳥を殺すわけだ。ほかに下心などない、ただの訪問だ——。

リルバーンの返事は辛辣でした。「ピーターさん、あなたのことはよく知っている」。あなたは軍の大物たちの猟犬か、隠れ蓑の一人だ、と続けます。「ついで」を強調した面会は、はなから疑われていたわけです。

第3話 · 石を投げない兄弟

似た言い方は、古代ローマにもありました。喜劇作家プラウトゥスの「一つの茂みで猪を二頭」。キケロが受け取った手紙の「一つの壺で壁を二枚塗る」は、二股をかける、という悪い意味で使われています。

中国にも、一度に二つを得る発想の言葉は古くからありました。ただし、どれも石を投げません。

『史記』には、卞荘子(べんそうし)の虎の話があります。二頭の虎が牛を奪い合うのを待ち、一頭が死に、一頭が傷ついたところで刺せば、一度に二頭の虎を仕留めた名が手に入る。『晋書』の束皙(そくせき)は、移された民をもとの土地へ戻す献策で「一挙両得」と言いました。

『北史』の長孫晟(ちょうそんせい)は、北方の突厥(とっけつ)に使いしたとき、肉を奪い合う二羽の大鷲を、一本の矢で射抜いています。のちの「一箭双雕(いっせんそうちょう)」です。

十九世紀に宣教師たちが作った英華辞典は、この英語を「一挙両得」や「一挙両便」で訳しました。中国語には、石を持ち出すまでもなく、ちょうどいい言葉がそろっていたわけです。

第4話 · 明治の辞書から

日本で早いころの訳は、もっと素朴でした。幕末・明治初めの英和辞書は、この英語を「石一ツニテ鳥二羽ヲ殺ス」と文のまま訳し、「一事両用ノ意」と添えています。1873 年の辞書は「一挙両便」、1880 年代の終わりには「一挙両得」をあてる辞書が出てきます。

石と鳥が四字に縮まるのは、そのあとです。1906 年、ボーア戦争を描いた翻訳書に「ロバーツ卿は一石二鳥を斃(たお)すの戦略を案し」とあり、四字に「ひとつのいしふたつのとり」と振り仮名がついていました。

大正に入ると、社会主義者の堺利彦が、山川菊栄の評論を「一石二鳥を撃つの兵法」と評します。1929 年には江戸川乱歩が、徴兵を逃れるたくらみを「一石にして二鳥を墜す名案」と書きました。はじめのころの一石二鳥は、戦略やたくらみの匂いのする言葉だったのです。

いまは、ただ効率のよさを言う言葉です。けれど故事成語のようなこの四字の奥には、論敵への皮肉や、ロンドン塔の、下心を疑われた面会がありました。