「助長」という言葉、いま使うのはだいたい「ある傾向をさらに強める」という場面。それも「不安を助長する」「対立を助長する」のように、あまり良くない流れに拍車をかけてしまう、というニュアンスで使うことが多い一語です。

でも語源をたどると、これは戦国時代の中国で、苗の伸びを待ちきれなかった一人の男と、それを笑い話に引いた一人の思想家の話なんです。しかも、もとは「手を貸したのに、かえって台無しにした」という、少し苦いたとえでした。

第1話 · 宋の男、苗の伸びが待てない

舞台は戦国時代の宋(そう)。中原の小国で、寓話の舞台によく選ばれる国です。切り株で兎を待った男も、サルに木の実を配った話も、宋が舞台でした。

その宋に、畑を持つ一人の男がいました。植えたばかりの苗を、毎日のぞきこんでは、早く大きくなってほしいと気を揉んでいます。けれど苗は、当たり前ですが、見ているあいだに伸びるものではありません。

きのうと変わらない背丈。あしたも、たぶん同じ。男はだんだん、じれてきます。「どうして、こいつらはこんなに伸びるのが遅いんだ」と。

第2話 · 一本ずつ、引き上げる

そこで男は、とんでもないことを思いつきます。

苗が低いのなら、自分で引っぱり上げてやればいい——。

男は畑に入り、苗を一本、また一本と、上へ引き抜くようにして、少しずつ「背を高く」していきました。一日がかりで、畑じゅうの苗を、残らず引き上げる。

くたくたになって帰った男は、家の者に、得意げにこう言いました。

今日は疲れたよ。苗が伸びるのを、助けてやったんだ——今日病(つか)れたり、予(われ)苗の長ずるを助けたり(『孟子』公孫丑上篇)

手を貸して、成長を「助けて」やった。本人は、いいことをしたつもりでした。

第3話 · 子が走って、見にいくと

話を聞いた息子が、いやな予感がして、畑へ走ります。

着いてみると——苗は、一本残らず、しおれて枯れていました。を持ち上げられた苗は、土から浮いて、水を吸えなくなっていたのです。

よかれと思って加えた手が、いちばん枯らしたくなかったものを、根こそぎ枯らしてしまった。「助けた」つもりが、近道どころか、すべてを失う遠回りだった——。

第4話 · 孟子は、なぜこの話を

この、少し間の抜けた話を書きとめたのは、戦国の儒家・孟子(もうし)。弟子の公孫丑(こうそんちゅう)と「浩然の気(こうぜんのき)」——天地に恥じない、おおらかでまっすぐな精神力——について語りあう、その途中で出てきます。

孟子が言いたかったのは、こうです。浩然の気は、日々の正しい行い()を積み重ねるなかで、自然に育っていくもの。焦って結果を求め、無理に引っぱり出そうとしてはいけない。

必ず事とする有りて、正(あらかじ)め期する勿(なか)れ。心に忘るる勿れ、助長する勿れ(『孟子』公孫丑上篇)

忘れて何もしないのもいけない。だが、焦って「助長」するのは、もっといけない。苗を引き抜いた宋の男と、同じことになる、と。

孟子が苗のたとえで言いたかったのは、この匙(さじ)加減の難しさでした。何もせず放っておくのも、焦って手を出しすぎるのも、どちらも苗を枯らす——その間(あわい)の、難しさ。

人を育てるとき、自分を急かすとき。早く伸びろ、と引っぱりたくなる手を、ぐっとこらえる。「助長」という言葉のいちばん奥には、枯れた苗を前に立ちつくす、宋の男の背中が残っている——のかもしれません。