「マジック」という言葉、いま使うのは手品のことか、あるいは机の上の油性ペンか。どちらにしても、どこか軽い響きの一語です。

でも語源をたどると、これは二千五百年前のペルシャで、祭祀を担っていた人びとの名前。しかも「怪しい」という含みは、ギリシャ人がこの名を借りた、まさにその瞬間に生まれているんです。

第1話 · 供犠に、欠かせない人びと

古代ペルシャ語で、マグシュ(maguš)

紀元前 522 年の政変をダレイオス一世が断崖に彫らせたベヒストゥン碑文に、「ガウマータなるマグシュ」——王の弟になりすまして玉座を奪った男——として、その語が刻まれています。

では、マグシュとは何者か。ギリシャの歴史家ヘロドトスは『歴史』で、メディア人の六つの部族を並べ、その最後に「マゴイ」を挙げます。もとは、部族の名前だったんです。

そして彼らは、祭祀の担い手でした。ペルシャ人が犠牲を捧げるとき、マゴスが進み出て神々の歌を唱える——マゴスなしに供犠は成り立たない、とヘロドトスは書きます。夢を解き、前兆を読むのも彼らの役目。怪しいどころか、宗教の中枢にいた人びとでした。

第2話 · 借りてきた、という一点

さきほどから出ている、あのマゴス(μάγος)。これが、マグシュをギリシャ人が取り込んだ形です。

ここが、この話の面白いところ。ギリシャ語にはゴエス(γόης)という語が、すでにあったんです。まじない師、祈祷師——「怪しげな術を使う人」を指す、手持ちの単語。それがあるのに、わざわざペルシャ語を借りてきた。

自前の言葉で呼べば、それは「我々の宗教の一部」になってしまう。よその言葉のまま持ってくれば、「これは我々のものではない」という札が、語そのものに貼られる。借り物の一語は、はじめから線引きの道具だった——そう説明する研究者もいます。

「ペルシャ戦争で敵国を憎んだから」という筋書きも、よく語られます。ただ、時系列が合わない。哲学者ヘラクレイトスが紀元前 500 年ごろ、マゴイを夜をさまよう者や秘儀にふける者と並べて罵った——と後世の引用が伝えています。戦争より、前の話なんです。

第3話 · 並べられた名前

言葉の転げ落ちる速さは、なかなかのものでした。

紀元前 400 年ごろ、ヒッポクラテスの名を冠する医学書『神聖病について』。てんかんを「神の与えた病」と呼ぶ連中を、著者はこう並べます。

マゴイ、清め屋、物乞い祈祷師、ホラ吹き

治せないのを神のせいにしているだけで、それはむしろ神への侮辱だ——というのが著者の言い分です。

同じころ、ソポクレスの『オイディプス王』。王は、都合の悪い予言をした盲目の預言者に「たくらみを縫い合わせるマゴスめ」と浴びせます。

ギリシャ語辞典は、いまもマゴスに大きく二つの語義を立てています。ひとつは「メディアの部族の一員」。もうひとつは——「とくに悪い意味で、ペテン師」。

第4話 · 星を読んだ、同じ名前

ところが、この言葉には、もう一つの顔が残りました。

『マタイによる福音書』の冒頭。イエスの誕生を星に読み、贈り物を携えてやってくる賢者たち——「東方の三博士」と呼ばれてきた、あの人たちです。ギリシャ語の原文は「東方からのマゴイ」。

同じ語。しかも同じ新約聖書の『使徒言行録』には「魔術師エリマ」なる偽預言者が出てきて、こちらの原語もマゴス。一冊の書物のなかで、同じ一語が、救い主を拝む賢者と、その場で目の見えなくなる詐欺師に割れている。ちなみに「三人」も「王」も、その名前も、聖書には書かれていません。

やがてラテン語 magia、フランス語 magique を経て、英語の magic へ。日本では明治 27 年、尾崎紅葉が「奇術」の字に「マジック」とルビを振りました。1953 年には「どんなものにも書ける魔法のインキ」——マジックインキが発売され、机の上のペンまで、その名で呼ばれるようになりました。

ペルシャの祭壇で歌を唱えていた人びとの名が、手品の名になり、ペンの名になった。よその言葉のまま借りてきた、たったそれだけのことが、二千五百年、消えずに残っている。