「ナルシスト」という言葉、いま使うのは、自分に酔うタイプの人。鏡の前が好きで、自分がいちばん、と思っている人を、少しからかって呼びます。

でも語源をたどると、これは二千年前のギリシャ神話で、泉に映った自分に恋してしまった美少年の名前。その名を心理学の言葉に変えたのが、あのフロイトなんです。

第1話 · 返ってくる声

舞台は、ギリシャ神話。山のニンフ(自然に宿る精霊)に、エコーという娘がいました。

あるとき彼女は、女神ヘラを長いおしゃべりで引き止め、その隙にほかのニンフたちを逃がします。気づいたヘラは怒り、エコーの舌から自由を奪った。残ったのは、相手の言葉の最後のひと言だけを、そのまま返す力です。

そのエコーが、美少年ナルキッソスに恋をします。でも末尾をなぞるだけでは、思いは伝わらない。拒まれた彼女はやせ細り、声と骨だけになり、骨は石に変わって、声だけが残りました。

山や谷でいまも返ってくる、こだま。ギリシャ語で音・反響を指す ēkhō という言葉が先にあって、その現象に物語を与えたのが、このニンフの話だったんです。

第2話 · 水面の、もうひとり

ナルキッソスは、絶世の美少年。言い寄る者を、男も女も、みな冷たく拒んできました。

拒まれた一人が、こう祈ります。「彼もいつか恋をして、その相手を得られませんように」。応報を司る女神ネメシスが、その祈りを聞き入れた。

ある日、狩りに疲れたナルキッソスは、澄んだ泉に身をかがめます。水面に映る、はっとするほど美しい顔。その姿に恋をし、やがて、それが自分の影だと気づく。オウィディウスの『変身物語』は、その瞬間をこう書きました。

これは、ぼく自身だ。ようやく分かった。ぼくの影が、ぼくを欺いていたのではない。

気づいても、もう離れられない。叶わぬ恋にやせ細り、彼は死にます。遺体を探すと、骸はなく、白い花びらが黄の芯を囲む一輪の花が咲いていた——水仙。その属名 narcissus は、この少年の名にちなむとされます。

第3話 · 名前を借りた心理学

時代が、ぐっと下ります。

十九世紀の終わり、この名が思わぬ形でよみがえります。イギリスの性科学者ハヴロック・エリスが1898年、自分へ向かう心を「ナルキッソス的」と呼んだ。翌1899年、ドイツの精神科医パウル・ネッケが、それを術語として使います。

決定打は、フロイト。ジークムント・フロイトは1914年の論文『ナルシシズム入門』で、「自己愛」を心理学の概念として体系立てました。名づけ自体はエリスとネッケが先でしたが、この言葉を誰もが使う一般語に広げたのは、フロイトです。泉の少年の名が、心のあり方を指す言葉に生まれ変わった瞬間でした。

第4話 · 日本の「ナルシスト」

やがて英語の narcissist(自分に酔う人)や narcissism(自己愛)が、日本語に入ってきます。

「ナルシシスト」か「ナルシスト」か——表記はいまも揺れていて、どちらを見出しに立てるかは、国語辞典によって割れているほど。本来の形は narcissist ですが、日本では「ナルシスト」と縮んだ形が広まりました。英語にも narcist というまれな異形があり、その影響だとも言われます。いずれにせよ、意味は英語の narcissist と変わりません。

二千年前、泉のほとりで自分に恋した少年の名が、いま「自分に酔う人」という一言のなかに、そっと宿っている。

鏡をのぞいて前髪を直す、その何気ない一拍の奥に——返らないエコーの声と、水仙の白が、まだ静かに揺れているのかもしれません。