「ピンキリ」という言葉、いま使うのはだいたい「品質や値段の幅が広いこと」。寿司から不動産まで、なにを評するときも「いやあ、それはピンキリだから」と、ふっと出てくる便利な一語。

でも語源をたどると、これは戦国の終わりに南蛮人が日本に持ち込んだカルタの、最初の札と最後の札から始まっていたんです。

第1話 · 南蛮船、カルタを置いていく

舞台は十六世紀後半、九州。

天文十二年(1543 年)の種子島漂着以降、日本と南蛮諸国の往来が始まっていました。鉄砲、キリスト教、葡萄酒——そして、当時のヨーロッパで流行していたカードゲームも、宣教師や商人の荷物に紛れて入ってきます。

ポルトガル語で carta(カルタ、カード・紙札の意)。これが日本では、そのまま「カルタ」と呼ばれた。

天正年間(1573〜1592 年)のころから十六世紀末にかけて、九州の三池(みいけ、現在の福岡県大牟田市あたり)で日本人が独自に模刻を始め、四十八枚・四つのスート(剣・棍棒・聖杯・貨幣の絵柄)・一から十二までの札を持つ——のちに「天正カルタ」と呼ばれる和製のカードが出回るようになります。

賭場で振られたサイコロにも、カルタと同じ目の呼び名が使われた。一つの目を、こう呼びます——「ピン」。

第2話 · 「ピン」は、点(pinta)の音

「ピン」の語源は、ポルトガル語の pinta(ピンタ)。「点」を指す言葉で、動詞 pintar(描く・印を打つ)からきています。

カルタの「1」の札には、スートのマークがぽつんと一つだけ描かれる。サイコロの「1」もそう——一つだけ、点が打たれている。だから「ピンタ」の音が、そのまま日本語に取り込まれた。

現代の辞書や語源研究の多くが、この pinta 説を採っています。

そこから「ピン」は意味を広げていきます。カルタとサイコロの「一」から、「最初」へ——そして「いちばん上」「最上等」へ。

第3話 · 「キリ」の二大説、十字と「切」

では、「キリ」のほうは——これが、ぴたりと一つに決まらない。

有力な説は、二つあります。

ひとつめは、ポルトガル語 cruz(クルス)説。意味は「十字」「十字架」。十字の形が漢数字の「十(とお)」に通じることから「十=終わり」を表し、カルタの終い札を「キリ」と呼んだ——というのが cruz 説の筋です。ただし天正カルタの最終札は十二。この食い違いを、cruz 説の弱点とみる向きもあります。

ふたつめは、漢字 「切」説。「切」にはもともと「区切り」「終わり」の意があり、最後を「切り」と呼ぶ言い方は日本語に根がある。カルタの最終札を、純和語の感覚で「キリ」と読んだ——こちらは外来説に頼らない読みです。

『日本国語大辞典』も「キリ」に cruz 説を挙げていますが、言い切ってはいません。和語の「切」とみる説も根強くあります。花札十二月の「桐」の札を語源に挙げる説も補助的に語られてきました。いずれにせよ「確定した語源はいまのところない」というのが、現代の語誌の率直なところです。

第4話 · 江戸末期、「ピンからキリまで」が並ぶ

「ピン」と「キリ」がひとつの慣用句として並ぶのは、江戸末期から。

当初の意味は、シンプルに「最初から最後まで」。カルタの一から十二まで、ぜんぶ、というニュアンスでした。

「ピンからキリまで」は、慶応二年(1866 年)の歌舞伎『船打込橋間白浪(ふねへうちこむはしまのしらなみ)』——通称『鋳掛松(いかけまつ)』の台詞「ぴんからきりまで高下があるのよ」に姿を見せ、明治に入ると新聞や随筆でもよく使われるようになる。

このころ、意味の重心がもうひとつ動きます。

「最初から最後まで」だった範囲指定が、しだいに「最高から最低まで」へ。カルタの「ピン(一)」が最上等を、「キリ(十二)」が最下等を指す、品質と値段のレンジを示す言い方になっていきました。

「あの店の握りはピンキリだ」と言うとき、私たちは、上から下までという意味と、ばらつきが大きいという意味と、両方をそこに込めている。

戦国の終わりに南蛮船が置いていったカルタの点(pinta)と、十字(cruz)——あるいは点と「切」——ピンとキリ、ふたつの音だけが残って、四百年あまり、寿司の世界から不動産の世界まで、「ぜんぶ」を一語で言うときの相づちとして、いまも軽く使われています。

ふと「ピンキリだから」と口にするとき、その短い音の奥で、南蛮渡来の札が一枚、ひらりとめくれる——のかもしれません。