「漱石枕流(そうせきちんりゅう)」という言葉、日常ではあまり使いませんが、意味は「負け惜しみ」や無理なこじつけ、あるいは「世間に背を向けたへそ曲がり」。そして——明治の文豪夏目漱石の筆名は、この四字熟語から取られています。
語源をたどると、これは西晋の時代、一人の才人が口を滑らせた、たった一度の言い間違いから生まれた話なんです。
第1話 · 隠者の暮らしを、語る
孫楚(そんそ、字は子荊)は、西晋の名士。詩文に長けた才人でしたが、その才を鼻にかけるところがあり、人と衝突することも少なくありませんでした。のちには将軍の参軍(参謀)として文書を起草するなど、官にも仕えた、一筋縄ではいかない人物です。
その孫楚が、まだ若い頃のこと。俗世を離れて山にこもりたい、という思いを、友人の王済(おうせい、字は武子)に語ります。言いたかったのは「石に枕し、流れに漱(くちすす)ぐ」——石を枕に眠り、谷川の清流で口をすすぐ、清らかな隠者の暮らしのことでした。
第2話 · 逆さまに、言ってしまう
ところが、です。
口から出たのは、なぜか逆さま。「石に漱(くちすす)ぎ、流れに枕す」——石で口をすすぎ、流れを枕にする、と言ってしまった。石はかたく、流れはつかめない。どう聞いても、あべこべです。
第3話 · 認めず、言い張る
すかさず、王済が突っ込みます。「流れに枕などできるのか? 石で口がすすげるのか?」。からかい半分の、気のおけない友ならではの一言です。
普通なら、「ああ、言い間違えた」と認めるところ。ところが負けず嫌いの孫楚は、けっして非を認めません。一拍おいて、涼しい顔で、こう言い返しました。
流れに枕する所以(ゆえん)は、其の耳を洗わんと欲すればなり。石に漱ぐ所以は、其の歯を礪(みが)かんと欲すればなり
流れを枕にするのは、俗世の汚れた話を聞いた耳を洗うため。石で口をすすぐのは、歯を磨くため——とっさに、そう理屈をひねり出してみせたのです。言い負かそうとした王済のほうが、二の句が継げなくなりました。
第4話 · 強情が、名前になる
本来の正しい言い方「枕石漱流(ちんせきそうりゅう)」よりも、言い間違えたうえ強弁してみせた「漱石枕流」のほうが、かえって人の記憶に残りました。意味は、負け惜しみ、無理なこじつけ、転じて、世間に流されないへそ曲がり。
そして時は下って、明治。一人の小説家が、この故事から二文字を選び、自分の筆名にします。夏目金之助——のちの夏目漱石。じつはこの「漱石」、もとは親友の正岡子規が使っていた号で、それを譲り受けたものでした。
世俗におもねらず、強情なまでに己を貫く。その生き方を、孫楚の負けず嫌いに、そっと重ねたのかもしれません。言い間違いを認めなかった一人の男の強情が、千数百年の時を越えて、日本文学のいちばん大きな名前のひとつになった——そう思うと、ちょっと愉快な話です。