「圧巻のラストシーン」「圧巻のパフォーマンス」。全体の中で、そこだけが抜きん出ている——そう言いたいときに出てくる二文字です。

ただ、字面を見ると少し妙。は上から押さえつけること、は巻物、つまり書物のこと。押さえつけられた巻物が、どうして「いちばんすごい」になるのか。

第1話 · 押さえているほうと、押さえられているほう

辞書を引くと、たいてい同じ説明にたどり着きます。訓読すれば「巻を圧する」。書物の中でいちばん優れた箇所、という意味だと書かれています。

「圧」は、圧倒・制圧の圧。上から押さえこんで、ねじ伏せる。ひとりでは成り立たない字です。押さえる相手があって、はじめて「圧」になる。だから「圧巻」と言うとき、名指しされていない残り全部も、いっしょに呼び出されている。

見落とされがちなのは、この語が「一部分」を指していたこと。一冊まるごとではありません。詩集の中の一首、文集の中の一篇。ほかの全部の上に立つ、その一つだけ。

つまり「圧巻」が成り立つには、押さえられる側の束が要る。では、その束とは何なのか。

第2話 · 答案を、積み上げる

ここで必ず出てくるのが、中国の官吏登用試験——科挙です。

採点が終わると、試験官は最優秀と決めた答案を、束のいちばん上に置いた。下にはほかの受験者の巻が全部積まれている。その全部を、たった一枚が上から押さえている——だから「圧巻」。

この説のうまさは、優劣という目に見えないものを、紙の重なりに置き換えているところにあります。どちらが上か下か——それだけで、順位が目に見える。

日本の国語辞典は、たいていこの由来を載せています。ただし、どれも書名を挙げません。「〜ところから」で、話は終わってしまう。

第3話 · 長笛一声、人 楼に倚る

ところが漢籍で古い「壓卷」——圧巻の旧字体です——を探すと、出てくるのは試験場ではありません。

南宋の陳振孫(ちんしんそん)がまとめた解題目録『直斎書録解題(ちょくさいしょろくかいだい)』。唐の詩人・趙嘏(ちょうか)の詩集を紹介した一条に、こうあります。

壓卷に「長笛一声 人 楼に倚る」の句有り、当時称して「趙倚楼」と為す——壓卷有「長笛一聲人倚樓」之句、當時稱爲「趙倚樓」(『直斎書録解題』巻十九・渭南集)

笛がひと声、人が楼にもたれている。その一句が評判になって、趙嘏は「趙倚楼」というあだ名で呼ばれた。答案の話は、どこにもありません。

唐の科挙を伝える五代の逸話集『唐摭言(とうせきげん)』を探しても「壓卷」は見当たらず、中国の『漢語大詞典』も語釈で科挙に触れていません。同書が挙げる用例も、宋代から始まります。

答案を「壓卷」と呼ぶ例が現れるのは、ずっと下って清のころ。それも「首席と決めた」という評価の言葉で、紙を積む場面ではありません。

第4話 · 日本へは、詩の講義から入ってきた

日本語の「圧巻」で今のところ最も古いとされる用例も、試験の話ではありません。

辞書が1500 年ごろとする『両足院本山谷抄(りょうそくいんぼんさんこくしょう)』。京都の禅僧が、北宋の詩人・黄庭堅(こうていけん)の詩を講じた記録です。そこに「詩を編に圧巻が大事ぞ」とある。詩集を編むとき、何を第一に載せるかが大事だ、という話。

話は、いったん中国へ戻ります。さきほどの『直斎書録解題』は、同じ南宋の朱熹(しゅき)の言葉も書きとめていました。詩文集を編むなら「巻ごとに、その巻首へ必ず大きな一篇を取って壓卷と為す」。壓卷とは、そこへ置くこと。優劣ではなく、並びのいちばん前を指す言葉でした。

それが「全体の中で最も優れた部分」に広がり、いまや「全編これ圧巻」とまで言う。厳密には、下に積まれた束がないのだから、押さえる相手がいないのですが。

束のいちばん上に載せられた一枚が、本当に科挙の答案だったのかは分かりません。それでも、いちばんいいものを人にすすめるとき、私たちは今でも、それを先頭に置いている。