「玉石混淆の情報」「ネットは玉石混淆だ」——いま「玉石混淆」を使うのは、たいてい良いものと悪いものがごちゃ混ぜになっている、という場面です。玉も石ころも、選り分けられないまま一緒くたになっている。便利で、少し投げやりな一語です。

でも語源をたどると、これは千七百年ほど前の中国で、ひとりの学者が「見る目のなさ」を嘆いた言葉でした。ものが混ざっていることより、混ざったまま見分けられていない側を、静かに、けれど手厳しく突いています。

ついでに、もうひとつ。この言葉、「玉石混交」と書かれているのを見たことはないでしょうか。「淆」と「交」、どちらが本当なのか——その話は、最後に。

第1話 · 『抱朴子』を書いた男

舞台は四世紀の初め、中国が西晋から東晋へと移り変わるころです。ここに葛洪(かっこう)、字は稚川(ちせん)という人がいました。不老不死の道術に深く分け入った道士でありながら、同時に、おそろしく多くの書物を読み込んだ学者でもある——そういう二つの顔の人でした。

その葛洪の主著が『抱朴子(ほうぼくし)』です。この本は、大きく二つに分かれています。ひとつは内篇。仙人になる術や、金丹を練る煉丹の秘技を説く、道教寄りの巻です。もうひとつが外篇で、こちらは政治や社会、それに文章や書物のあり方を論じる、現実寄りの評論が集まっています。

「玉石混淆」が顔を出すのは、その外篇のほうでした。

第2話 · 浅い流行と、深い一冊

葛洪が外篇の「尚博(しょうはく)」という篇で嘆いたのは、当世の人々の、本の選び方でした。

世の人は、目先の華やかで浅い詩や文章ばかりをありがたがる。その一方で、深く、豊かで、中身の詰まった諸子百家の書物——じっくり読むべき骨のある本を、軽んじて顧みない。切実で的を射た言葉を「古くさい」と笑い、中身のない小手先の弁を「洗練されている」と持ち上げる。

詩賦(しふ)浅近の細文を貴愛(きあい)し、深美富博の子書(ししょ)を忽薄(こつはく)す。……真偽顛倒し、玉石混淆す。(『抱朴子』外篇・尚博篇)

真と偽がひっくり返り(真偽顛倒)、宝玉と石ころが入り混じって見分けられていない(玉石混淆)——。もともとの「玉石混淆」は、この一続きの嘆きの、後半に置かれた言葉でした。良書が埋もれ、軽薄な文がもてはやされる。その、価値の逆転への抗議だったのです。

第3話 · 混ざっているのは、どちらの罪か

ここが、この言葉のいちばん刺さるところです。

玉と石は、本来まったくの別物です。磨けば光る宝玉と、道端の石ころ。取り違えようがないほど、値打ちが違う。それなのに現に混じって見えているとしたら——問われているのは、玉でも石でもなく、それを見分けられない側の目なのではないか。葛洪の筆は、そこを突いています。

いまわたしたちが「玉石混淆」と言うとき、多くは「いろいろ混じっていますね」という、対象の側の描写で止まります。でも葛洪の原義は、もう一歩ふみ込んでいる。玉を石と一緒くたにしてしまう、評価する側の鈍さへの批判なのです。情報が洪水のように流れ込むいま、この一歩の差は、案外あなどれません。

第4話 · 「淆」と「交」のあいだ

最後に、表記の話を。

「玉石混淆」の「」は、にごる、入り混じる、という意味の字です。ところがこの字は、日本の常用漢字表に入っていません。そこで新聞などでは、同じ「まじる」を表す「交」で置きかえて、「玉石混交」と書くことがよくあります。

これは、どちらかが誤りというわけではありません。「混交」は、表外の字を避けるための代用表記。本来の字は「混淆」で、その「淆」のにごり具合まで味わうなら「混淆」、読みやすさをとるなら「混交」。二つは、同じ言葉の二つの顔です。

玉と石を見分けられているか。そう問うてきた言葉が、いまは二通りに書き分けられている。その揺れそのものを、葛洪ならどんな顔で眺めるでしょうか。