「ありがとう」という言葉、いま使うのはだいたい感謝のとき。日々当たり前のように口にしている、たぶん日本語でもっとも頻度の高いひとことです。
でも語源をたどると、もとは紀元前五世紀のインドで、釈尊が説いた「めったにないこと」だったんです。
第1話 · 釈尊、弟子に問う
舞台は紀元前五世紀ごろの古代インド。釈尊(しゃくそん)、すなわちゴータマ・シッダールタが、悟りを開いて教えを説き始めて、しばらく経った頃の話です。
ある日、弟子たちが集まったとき、釈尊は問いかけました。
「比丘たち、人として生まれてくることは、たやすいだろうか。それとも、難しいだろうか」
弟子たちは、答えに迷います。地上には無数の生き物がいて、人もそのひとつ——たやすいと言えばたやすい、難しいと言えば難しい。
そんな弟子たちに、釈尊はひとつの例えを語りました。
第2話 · 大海の、盲目の亀
「ここに、大きな海がある。一本の浮木が漂っていて、たったひとつの穴があいている。海の底には目の見えない一匹の亀がいて、百年に一度だけ、その姿を水面に現すという」
「比丘たち。その盲亀が、ちょうど浮上した瞬間に、浮木の穴へ首を通すことは、起こりうるだろうか」
弟子たちは、息を呑んで答えます。「ほとんど、起こらないと思います」。
釈尊は、静かに首を振りました。
「いや、長い時のなかでは、たまたま起こることもあるだろう。だが——人として生まれ、仏法に出会えることは、それと同じくらい稀である」
漢訳されて中国へ伝わったこの例えは、のちに『雑阿含経』巻第十五に、「盲亀浮木」として記されます。
第3話 · 日本へ渡って、「有り難し」
仏教は、やがて中国を経て、日本へ伝わりました。
仏典のなかで「めったにない」「ふつう存在しない」を表した漢語は、和語に取り込まれます。それが「有り難し(ありがたし)」。「有ることが、難しい」——つまり「存在することが、ほとんどない」という、原意そのままの意味です。
平安時代の文献では、この「有り難し」が頻繁に登場します。なかでも有名なのが、清少納言『枕草子』の「ありがたきもの」段。
「ありがたきもの。舅(しうと)にほめらるる婿。また、姑(しうとめ)に思はるる嫁の君——」
ここに並ぶのは、すべて「めったに存在しないもの」。感謝の意味は、まだ含まれていません。
第4話 · めったにないから、感謝へ
ところが、鎌倉時代以降、仏教が庶民にまで広まると、「有り難し」のニュアンスが、ゆっくりと変わっていきます。
仏に出会えたこと、人として生まれられたこと——それは本来あり得ないほどの偶然であり、ゆえに尊い。ひとは仏に手を合わせ、「ありがたい」と言うようになる。
「めったにない」が「めったにない、ゆえに尊い」になり、やがて「おかげさまで成り立ったこと、への感謝」へと滑っていく。
江戸時代には「ありがとう」「ありがとうございます」が日常の挨拶として定着し、現代では一日に何度も口にする、ありふれた感謝の表現になりました。
それでも、毎朝のコーヒー、メッセージの一行——その「ありがとう」の奥には、二千五百年前、釈尊が「大海の盲亀が、浮木の穴に首を通す」と説いた、あの稀有さが、ほんの少しだけ、いまも漂っている——のかもしれません。