「バカ」という言葉、いま使うのは本当に幅広い。「バカだなあ」と笑うときの親しみから、「バカにするな」と気色ばむときの棘まで、同じ二音が、場面しだいで体温を変える。日本語でいちばん使い分けの難しい罵り言葉かもしれません。
でも、その語源をたどろうとすると、たちまち霧のなかに入り込みます。定説が、ない。おまけに「馬鹿」という漢字すら、意味とは関係のない当て字なんです。
第1話 · 定説の、ない言葉
まず押さえておきたいのは、この「バカ」という言葉、語源に決まった定説がない、ということ。
そもそも「バカ」はもともと音だけがあった言葉で、そこに後から漢字を当てたものです。だから表記も一つではありません。「馬鹿」のほか、「莫迦(ばくか)」「馬稼」「破家」——文献によって、いろいろな字が当てられてきました。どれも借字(しゃくじ)、音を借りただけの当て字。馬も鹿も、もとの語の意味とは関係がない。
その「バカ」という音そのものが、いったいどこから来たのか。有力とされる説が、いくつもあります。
第2話 · 梵語説——僧侶の隠語だった
もっとも広く受け入れられているのが、梵語(サンスクリット)に由来するという説。
仏教とともに伝わった梵語で、「無知」「迷妄」を意味する「moha(モーハ)」。その音を写したのが「莫迦」や「慕何(もか)」で、これが訛って「バカ」になった——『広辞苑』も、この説を採っています。
もともとは僧侶が仲間内で使った隠語だった、という。経を学ぶ者が、ものの道理をわきまえない相手を、こっそり「モーハだ」と呼ぶ。聖なる言葉が、いつしか俗世の罵りへ転がり落ちた、というわけです。
第3話 · 鹿を指して、馬と言う
もう一つ、よく知られるのが、中国の故事に結びつける説です。
秦の始皇帝の死後、宦官の趙高(ちょうこう)が、二世皇帝の前に一頭の鹿を引き出して、こう言い放った。「これは馬でございます」。
皇帝は笑って「鹿ではないか」と返しますが、趙高は居並ぶ群臣に同意を迫る。趙高を恐れる者たちは、口々に「馬です」と答えた——『史記』が伝える「指鹿為馬(鹿を指して馬と為す)」の一幕です。
権力におもねって、鹿と馬の区別さえ言えなくなる。その愚かさから「馬鹿」の字が当てられた、という説です。漢字の取り合わせを、うまく説明してくれる物語ではあります。
第4話 · 『太平記』の「馬鹿者」
文献のうえで「馬鹿」がはっきり姿を現すのは、十四世紀の軍記物語『太平記』。
ただし、そこでの「馬鹿者」は、いまの「愚か者」とは少し違っていたという見方があります。無法者、乱暴を働く者に近い意味で使われていた、というのです。
「馬鹿」が単独ではなく「馬鹿者」という形で先に現れることから、もとは「馬鹿者」という熟語だったのではないか、という見方もあります。やがて江戸時代に入ると、意味はゆっくり「愚かさ」へと寄っていき、いまの「バカ」に近づいていきました。
梵語の隠語か、中国の故事か、太平記の無法者か——どれが正しいとも、まだ決着はついていません。
毎日のように口にする、いちばん身近な罵り言葉。その二音の奥には、お経の声と、宮廷の鹿と、中世の無法者とが、はっきり整理されないまま折り重なっている。「バカ」は、語源までどこか、つかみどころのないひとことなのかもしれません。