「やばい」という言葉、いま使うのはだいたい二通り。「これ、やばいって——」と顔をしかめるとき、私たちは危険や失敗を伝えている。「やばい、これ」と目を輝かせるとき、ただ「すごい」と言っている。
ひとつの言葉で、「あぶない」と「すごい」の両方が言える——よく考えると、ふしぎな日本語です。
第1話 · 両義の、ふしぎなひとこと
「やばい」は、否定にも肯定にも傾く。
たとえばコンビニで新作のスイーツを口にして「やばい」。これは「おいしい」「感動が大きすぎて他の言葉が出ない」の意。
一方で、待ち合わせに遅れそうで「やばい」。これは「あぶない、まずい」の意。
英語の “crazy”、フランス語の “fou” にも似た両義の用法はあるけれど、世代を超えて一気に日常会話を席巻している両義の言葉は、日本語ではほかに思いつかない。
なぜ、こんな振れ幅になったのか——その出発点は、江戸の暗がりに戻ります。
第2話 · 江戸の隠語、『東海道中膝栗毛』に現れる
「やばい」のもとは、形容詞ですらない、ただの「やば」というひとこと。
十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』に、こんな台詞が出てきます。
「おどれら、やばなこと働きくさるな」
「お前ら、やばいことするな」——盗人や賭場のあたりで、仲間どうしが交わす合言葉として、すでに「やば」が動いている。三省堂国語辞典の編集委員・飯間浩明によれば、現在知られている「やば」の用例の最古は十八世紀後半。この膝栗毛(1802〜1809 年)の台詞も、そうした初期の用例のひとつです。
「あやぶい(危うい)」が変化した、「いやあぶない」が縮まった、という俗説も語られますが、飯間はこれを「文献に見当たらず、語形もかけ離れている」として、信じるに足りないと退けています。
第3話 · 「厄場」と「矢場」、二つの隠語説
では、「やば」はどこから来たのか。有力とされる二つの説があります。
ひとつめは「厄場(やくば)」説。江戸の牢屋を、その場所柄から「厄場」と呼んだ。盗人や賭博打ちは、その「厄場」入りを何より避けたかった——だから危険な状況を「やば」と呼んだ、というもの。
ふたつめは「矢場(やば)」説。江戸の射的場は、表向きは弓を引く遊技場でありながら、奥では非合法な店——売春の温床になっていた。うっかり矢場に近づくと、役人に目を付けられて、まずいことになる。そこから「矢場い(やばい)」が生まれた、というわけです。
どちらの説も、出どころは「表に出せない場所への近づきすぎ」。江戸の裏側で交わされた目配せの言葉が、いまの「やばい」のもとになっている。
第4話 · 1970 年代から、一気に意味が反転する
明治・大正・昭和と、「やば」「やばい」は口の悪い人の言葉として、細々と生き残ります。
転機は、1970 年代。ジャズピアニスト・山下洋輔のエッセイ集『ピアニストを笑え!』所収の、1973 年に書かれた文章に、ある踊りと歌を見て「やばいなあ」と漏らす一節がある。そしてその箇所に山下自身が、「やばい」はバンド用語で「物すごい」の意味でも使う、と注を添えている。
舞台裏のジャズメンが、規格外のすごさを「やばい」と呼びはじめた。「あぶない」が、一拍ずれて「規格外」に振れた瞬間です。
それが 1990 年代後半、若者言葉として一気に広まる。「ヤバめ」は褒め言葉、と当時の若者言葉解説でも取り上げられた。そして 2006 年、『大辞林』第三版に新しい語義が加わります——「すごい。自身の心情が、ひどく揺さぶられている様子」。
辞書が、肯定の「やばい」を公式に認めた瞬間。盗人の隠語が、いまや辞書の見出しになっている。
「やばい」というひとことを口にするとき、その短い二音には、江戸の暗がりに交わされた目配せと、ジャズメンが規格外を語った夜の空気と、辞書編集者がページに刻んだ判断とが——軽く、やわらかく、ぜんぶ折り畳まれている、のかもしれません。