「さようなら」という言葉、いま使うのはほぼ別れのとき。学校の終わりに先生と生徒が交わし、長く一緒にいた人と離れるときに、ふっと口をついて出る一言です。

でも語源をたどると、これは「別れ」を意味する言葉ではなく、もともと話の途中で出てくる接続詞だったんです。

第1話 · 「左様ならば」、接続詞のひとこと

「さようなら」のもとは、「左様ならば(さようならば)」

「左様」は「そのよう」、「ならば」は「であるならば」。あわせて「そのようであるならば」「それでは」という、話を区切る接続詞です。

古い日本の文章にも、この「左様ならば」はよく登場します。誰かの言葉を受けて、「左様ならば、こちらはこういたしましょう」と、次の話に進む。話と話のあいだに置かれる、橋渡しの言葉。

別れとは、まだ無関係な言葉でした。

第2話 · 江戸後期、対話の幕引きの言葉として

転機は、江戸後期。

このころの話し言葉では、対面の終わりに「左様ならば」と前置きしたうえで、別れの言葉を続ける言い回しが使われていました。

さやうなら、御きげんよう

天明八年(1788 年)の洒落本『曾我糠袋』には、すでにこの形が出てきます。「そのようであるならば、ご機嫌よく」——前置きの接続詞と、相手の無事を願うひとこと、その組み合わせ。

やがて、後ろの「御きげんよう」「御暇仕(つかまつ)らん」のような別れ語が、しだいに省略されはじめます。「さようなら——」と言って、その先は言わずに、軽く一礼して別れる。後ろを言わなくても、相手は分かっている。

省略された前置きが、いつしか別れの言葉として、独り立ちしたのです。

第3話 · 明治以降、学校と職場で根づく

明治に入り、学校制度が始まると、「さようなら」は朝夕の挨拶として、毎日繰り返される言葉になりました。職場では退社時のひとこととして根づき、子どもどうしの別れにも広がる。

戦後、子どもの世界では「バイバイ」が広まりましたが、改まった別れには「さようなら」が残った。卒業式の合唱、終業の挨拶——口にした瞬間、空気がふっと改まる、独特の重みを持つ言葉として。

英語の「Goodbye」は「God be with you」(神の加護を)の略、フランス語の「Adieu」も「神に委ねる」が原意。どちらも、別れに祝福や祈りを込めている。

それに対して「さようなら」は、ただ話を区切る接続詞——その余白がそのまま、別れの言葉になっている

第4話 · 「Sayonara」、海を渡る

実は「Sayonara」が英語に入ったのは、戦後よりずっと早い。

幕末の英国外交官ラザフォード・オールコックが、すでに 1863 年の記録でこの語を引いている。オックスフォード英語辞典の初出は、その幕末の用例。明治のうちに、英語の辞書には載っていました。

戦後、占領期の米兵の口から、そして 1957 年公開の映画『サヨナラ』(マーロン・ブランド主演)を通じて、「Sayonara」は英語圏で広く知られるようになります。辞書にあった一語が、生きた挨拶として、世界に響き始めた。

「左様ならば」の前置きが、後ろを省略されて、海を渡って百五十年——いまも世界のどこかで口にされている。

別れのひとことに、神の祝福もなく、また会いましょうの約束もない。「それでは——」と言って、あとを言わない、その余白の作法だけが、軽く、やわらかく、生きている——のかもしれません。