「勉強」という言葉、いま使うのはほとんど「学ぶこと」です。「勉強しなさい」「試験勉強」——机と教科書の匂いがする一語。
ところが同じ二文字が、店先ではまるで違う顔をします。「そこをなんとか」「じゃあ、勉強しときますわ」——こちらは値引きのこと。学習と値引きが同じ言葉だなんて妙な話ですが、先に言ってしまうと、原義に近いのは値引きのほうなんです。
第1話 · 勉めて、強いる
漢字を分けてみます。「勉」はつとめる。「強」は、強い、ではなく「強(し)いる」。合わせて、無理にでも努める。
これが「勉強」のもとの意味です。室町の終わりごろの『詩経』講義録『毛詩抄』は、この二文字をこう噛みくだきます。
力の叶わぬ所、心のかなわぬ所をつとめてするぞ。勉強と云ぞ——『毛詩抄』
力が及ばないところ、心がついてこないところを、それでもやる。それが勉強だ、と。身も蓋もない説明ですが、字面のとおりです。楽しむことでも、才能でどうにかすることでもない。無理をすること、そのものを指す言葉でした。
第2話 · 三番目の行き方
出どころは『礼記』のなかの一篇、「中庸」。孔子が魯の哀公に政(まつりごと)を問われ、答えていく章です。
或(ある)いは安んじて之を行い、或いは利して之を行い、或いは勉強して之を行う。其の成功に及びては、一なり——『礼記』中庸
道を行うやり方は三つある。苦もなく行う人、得だから行う人、そして無理をして行う人。勉強はその三番目、いちばん下の段です。同じ章は聖人を「勉めずして中(あた)る」と言うので、勉強はちょうど反対側にいます。
けれど中庸は、そこで終わりません。三つを並べたあと、成し遂げてしまえば同じことだ、と続ける。嫌々でもかまわない、届いた場所が同じなら。突き放したような優しさが、この語には最初からあります。
第3話 · 「シイテスル」と注がついた
日本に入ってきても、意味はしばらく変わりません。
宝暦九年(1759 年)の読み物『通俗酔菩提全伝』には、「性の安ずる所にして半点の勉強なし」——性に合っているから、少しも無理がない、という一文が出てきます。辞書はこの「勉強」に「シイテスル」の注を添えて載せる。強いてする。そのカタカナ五文字が、原義をそのまま伝えます。
そして、商家の言葉。「勉強しときます」は、儲けを削ってでも値を下げること。損を承知で無理をする、という意味です。学びとは縁がなさそうでいて、無理をするという語感を残しているのは、むしろこちらでした。上方の商人ことばとされ、辞書が挙げる用例は明治二十年前後の小説『花間鶯(かかんおう)』——「勉強をして千円で御引き受け申さう」。江戸期からという説もありますが、確かめられるのはそのあたりからです。
第4話 · 学びの名になる
「勉強」が「学ぶこと」を指しはじめるのも、明治のはじめ。辞書で確かめられる順で言えば、じつは値引きの用例より、こちらのほうが早いのです。
いちばん古い例は、明治四年(1871 年)十月の『新聞雑誌』。いまの学者たるもの、もっと励まねばならぬ、という調子です。翌明治五年には学制が布かれ、全国に学校ができます。学ぶことが身を立てる道になり、努力が美徳として掲げられた時代でした。
このとき、日本語はひとつ選んでいます。学ぶことを、「学習」でも「学問」でもなく、「無理をして努める」という語で呼ぶことにした。学ぶのは気が進まないものだと、言葉のほうが先に認めてしまったわけです。「勉強しなさい」と言うたび、私たちは「気は進まないだろうけど、やりなさい」と言っている。
値引きの「勉強」と、机の上の「勉強」。離れているようで、根はひとつでした。
だから勉強が楽しくないのは、たぶん私たちのせいではありません。もともと、そういう言葉なのです。