「経済」という言葉、いま使うのはだいたい「お金の回り」「景気」「家計」。「日本経済」「経済が回らない」「経済的じゃない」——日々のニュースから日常会話まで、毎日のように耳にする一語です。

でも漢字を眺めると、「経」と「済」。語源をたどると、これが「経世済民」——世を治め民を救う、という、本来は政治の言葉だったと知るとちょっと驚きます。

第1話 · 「経世済民」——古代中国の理想

まず、原典のほうから。

「経済」のもとになった「経世済民」は、中国古典のあちこちに姿を見せる四字熟語です。「経」は、もとは織物の縦糸。そこから「すじみち」「治める」の意味へ広がり、「済」は渡す・救うの字。

組み合わせて、「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」——為政者の理想を、四文字で言い切ったわけです。

東晋の葛洪(かっこう)が著した道家・儒家の混合書『抱朴子』内篇「地真」には、「経世済俗」の語が見えます。隋末の王通(おうつう)が説いたとされる『中説(文中子)』礼楽篇には、もっとはっきりとこうある。

皆 経済の道有り、経世済民を謂ふ

「『経済』の道」——という言い回しが、もうここに出ている。「経世済民」を縮めたかたちで「経済」と呼ぶ、語の流れの上流が、ここに見える。『晋書』殷浩伝にも「足以經濟」——あいつは世を治める器がある、と評する場面が出てきます。

いずれにせよ、含意は変わらない。「経済」は、世を治め、民を救う——政治と道義の言葉だったのです。

第2話 · 太宰春台、『経済録』を書く

日本でも、長らく「経済」は政治の四文字でした。

江戸中期、荻生徂徠(おぎゅうそらい)の弟子で、徂徠の没後にその学派の中心となった太宰春台(だざいしゅんだい、1680–1747)が、享保十四年(1729 年)に『経済録』全十巻を著します。「経済」を書名にすえた、江戸でもっとも知られた書物のひとつです。

巻頭で、春台はこう定義したと伝わります。

凡そ天下国家を治むるを、経済と云ふ。経済とは、経世済民の義なり

明確です。「経済」とは、天下国家の治め方

『経済録』が説いたのは、為政者がどうやって田畑を整え、租税を軽くし、武備を養い、礼楽を立て直すか——いまでいえば政治学・行政学・財政学・社会政策を全部ひとまとめにしたような書物です。「お金の回り」も含まれるけれど、それは「民を救う」のための一手段でしかない。

江戸期の知識人にとって、「経済の士」と呼ばれることは、最大級の称賛でした。算盤の達者という意味ではない。世を治める器と認められた、ということです。

第3話 · 福沢と神田の机の上で

ところが、幕末から明治の翻訳期に、この四文字の重心が大きく動きはじめます。

西洋から流れ込んできた一つの語があった——economy、そしてpolitical economy。家政の節約、国の財政、貨幣と価格の動き、生産と分配——古代ギリシャ語の「家政(オイコノミア)」をルーツにする、西洋の新しい学問の名前です。

これを、誰が、どう日本語に置き換えるか。

幕末の神田孝平(かんだたかひら、1830–1898)は、慶応三年(1867 年)、英国の経済学者 W. エリス(William Ellis)が著した『Outlines of Social Economy』を、オランダ語訳経由で重訳して『経済小学』として刊行します。翌慶応四年には『西洋経済小学』と改題して再版。「経済」を、政治経済学の概念の訳語に据えた、まとまった早期の仕事です。

そして福沢諭吉(ふくざわゆきち、1834–1901)。慶応三〜四年(1867–68)の『西洋事情 外編』巻之三では、「経済」「経済論」をすでに economy・political economy の訳として繰り返し使っている。明治期には、福沢の門下を含む新世代が、書名や論題に「経済」を選び続けました。「東京経済雑誌」(1879、田口卯吉)——「経済」の二文字が、新しい学問の旗印になっていく。

中国古典の「経世済民」の含意を残しつつ、しかし新しい西洋学の方法と内容を載せ替える——明治の翻訳家たちは、よく考えた末に、この古語を選び取りました。

「世を治める」を「国の財政と生産を整える」と読みかえれば、つながらないわけではない。けれど中心は、確実に、政治から経済活動そのもののほうへずれていった。

第4話 · 世から、民、そして家へ

明治・大正・昭和を経て、「経済」はさらに身近な日常へ降りてきます。

「日本経済」「経済成長」「経済政策」——ここまでは、まだ国の大きな話。

「家計」「経済的じゃない」「経済的に厳しい」——ここまで来ると、もう完全に、個人の財布の話です。語の重心は、世から民へ、民から家へ、家から財布へ——と、確実に内側へ転がってきた。

それでも、ニュースで「経済」が見出しに躍るとき、私たちはどこかで、これがただの数字の話ではなく、人の暮らしの話だと知っている。物価が上がれば、家計が痛む。雇用が崩れれば、町が痛む。

「経世済民」——世を治め、民を救う。

二千年前の四文字の理想は、いまも「経済」の二文字のなかに、ほんの少しだけ、残っている——と思いたい。