「駄目だ」「駄目出し」「駄目押し」。一日に何度も使う言葉ですが、字面からは何も読み取れません。駄は荷を積む馬のこと。目は、目。

これ、もとは碁盤の上の話です。

第1話 · 目以外の、空いている点

囲碁は、盤の交点に石を置いて、自分の石だけで囲った空きの広さを競うゲームです。囲い取った空点を「目」といい、そのうち陣地として数えられるものを「地(じ)」といいます。

日本棋院の『日本囲碁規約』第八条は、こう定めています。

一方のみの活き石で囲んだ空点を「目」といい、目以外の空点を「駄目」という(『日本囲碁規約』第八条)

白にも黒にも属さない空点が、駄目。終局が近づくと、双方の地の境目には必ずこういう点が残ります。埋めても、どちらの得にもならない場所です。

ちなみに「駄目」は重箱読み——音読みの「ダ」に、訓読みの「め」。ゲームは中国から来ましたが、訓読みが混じるので、この二文字の組み合わせは日本でできたと見られます。

「駄」は荷を積む馬から、駄菓子・駄作のように「粗末な」の意にも広がった字です。ただし駄目の「駄」がその意味を担っているのか、ただの当て字なのかは、はっきりしません。

囲碁そのものは、日本でもずいぶん古いです。承和六年(839)には、仁明天皇の前で打たれた対局が『続日本後紀(しょくにほんこうき)』に記録されています。『枕草子』には夜の碁石の音が出てきますし、『源氏物語』にも対局の場面がいくつもあります。盤の上の言葉が日本語に染み出す時間は、たっぷりありました。

第2話 · 駄目があるから、生きている

第1話で引いた規約は、あの一文のすぐ次にこう続けます。駄目を有する活き石を「セキ石」という、と。

セキというのは、互いに相手の石を取りにいけなくなった形のことです。どちらかが駄目を詰めた瞬間、自分の石のほうが取られてしまう。だから両方とも手を出せず、二つとも生き残る。

駄目があるおかげで、生きている石がある。

日常語の「駄目」は、無価値のほうへ寄っていきました。盤の上では、逆のことが起きています。

第3話 · 用例は、あべこべに出てくる

辞書も、「駄目」をまず囲碁の言葉として説明しています。ところが挙がっている文章の用例を古い順に並べると、順番が合いません。

いちばん古いのは評判記『野郎児桜』(1686)の「定めてだめのなき御しあん」。碁の話ではなく、もう「むだ」の意味です。

次が浄瑠璃『三浦大助紅梅靮(みうらのおおすけこうばいたづな)』(1730)の「分別のだめがもそっと足らぬ」。こちらは「駄目押し」の意味の比喩です。

滑稽本『続膝栗毛(ぞくひざくりげ)』(1810-22)の「此たかい米をだめにくはれてたまるもんか」になると、「だめ」に「むだ」とルビまで振ってあります。

そして囲碁そのものを描いた用例は、合巻(ごうかん)『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』(1829-42)の「碁を打ち果てて、ここは駄目、そこにも二目と言ふさへも」。いちばん新しい。

もっともこれは、囲碁のほうが後だという意味ではありません。辞書が用例を拾うのは主に小説や芝居の本で、棋書はあまり数に入らない。盤の上の用例が遅く見えるのは、辞書の拾い方のせいです。現に同じ辞書は、囲碁の意味の項にだけ、鎌倉時代の辞書『名語記(みょうごき)』(1275)の名を挙げています。

第4話 · ロッパの楽屋

では「駄目出し」はどうか。これも囲碁から、とよく言われます。

囲碁に「駄目出し」という言葉はありません。駄目は詰めるもの、埋めるものであって、出すものではない。

辞書は「駄目」の意味のひとつに、演劇の用語を別に立てています。脚本や演出、演技の悪いところへの注意のこと。「駄目を出す」の項には、演劇の用例として久保田万太郎(くぼたまんたろう)『春泥(しゅんでい)』(1928)の「やかましくダメを出さなくなった」が挙がっています。「ダメ」が、渡す注意そのものの名前になっています。

青空文庫を全文検索してみると、「ダメ出し」はほとんど古川緑波(ロッパ)の日記に集まります。昭和十一年(1936)には「部屋へ皆集めて、ダメをいろいろ」。喜劇役者の、楽屋の言葉です。劇作家の岸田国士(きしだくにお)も「俳優にダメを出し」と書き、映画監督の伊丹万作(いたみまんさく)も「駄目を出される」と書いています。昭和の初めには、芝居と映画の現場で使われていた言い方でした。

碁の駄目から直接来たわけではありません。いったん一般語の「駄目」——むだ、役に立たない、を経由したと見るのが自然です。国語辞典も「駄目出し」を、もとは演劇の用語としています。駄目出しは、囲碁の孫にあたります。

境目の駄目をいくつ詰めても、勝ち負けは一目も動きません。それでも対局者は、最後まで黙って埋めていきます。もう増えないとわかっている場所を、きちんと埋め終えてから終わる。——セキの駄目だけは、残したまま。