「主人公(しゅじんこう)」といえば、物語の主役。小説でも漫画でも映画でもゲームでも、話のまんなかに立つ人のことです。
でも禅の語としては、この言葉、誰かを指す名前ではありませんでした。自分で、自分に呼びかける。そういう声だったんです。
第1話 · 台州の石の上で
唐の終わりごろ、中国の台州(たいしゅう)に瑞巌師彦(ずいがんしげん)という禅僧がいました。同じ唐末の禅僧・巌頭全豁(がんとうぜんかつ)のもとで悟りを得たと伝わりますが、いつ生まれていつ亡くなったのかは分かりません。
「瑞巌」というのは、のちに住んだ土地の名です。そこでの暮らしを、のちの伝えはこう語ります。日がな一日、大きな石に座り、愚か者のようにぼんやりしていた、と。
ただ、黙っていたわけではない。誰もいないのに、ときどき声を出す。
第2話 · 「主人公」「はい」
その声は、こう伝わっています。
瑞巌(ずいがん)の彦(げん)和尚、毎日自ら主人公と喚(よ)び、復(ま)た自ら応諾す——瑞巖彥和尚、每日自喚主人公、復自應諾(『無門関』第十二則)
自分で自分を「主人公」と呼び、自分で「はい」と答える。そして、こう言う。「惺惺著(せいせいじゃく)」——しっかり目を覚ましていろよ。「はい」。「この先、人にだまされるなよ」。「はい、はい」。
ここでの「主人公」は、物語の主役ではありません。本来の自己のことです。外の事情に振り回される前の、自分の芯。それを毎日、点呼するように呼び出す。
この一段が、南宋の禅僧・無門慧開(むもんえかい)が編んだ公案集『無門関(むもんかん)』の第十二則、「巌喚主人(がんかんしゅじん)」です。無門が序を書いたのは 1228 年でした。
第3話 · 無門は、褒めなかった
いい話だ、と思ったところに、無門が水を差します。
瑞巌のじいさんは自分で買って自分で売っている、と。呼ぶ者、答える者、目を覚ましている者、だまされない者——そんなに何人もこしらえて、どうする。それと見定めたところで、やはり違う。真似すれば野狐(やこ)の見解(けんげ)だ、とも。
締めの頌(じゅ)も、容赦がない。
無量劫来(むりょうごうらい)生死(しょうじ)の本(もと)、痴人(ちじん)喚(よ)んで本来人と作(な)す——無量劫來生死本、癡人喚作本來人(『無門関』第十二則・頌)
生死をぐるぐる回らせてきた当の心の働きを、そのまま本来人(ほんらいにん)——さっきの「主人公」——と呼んでしまう。それが痴人だ、と。呼びかけて安心する手つきごと疑うのが、禅の流儀でした。
第4話 · もうひとつの「主人公」
では、この禅の言葉が、そのまま物語の主役になったのか。
「主人公」という漢語には、もっと古い顔があります。後漢に編まれた『漢書』には、追われた皇太子をかくまった家のあるじが「主人公」と書かれています。主人+公(敬称)で、その家のあるじ。この本が書かれたのは、瑞巌の八百年ほど前です。
日本でもこの線は生きていて、辞書は十六世紀に「主人を敬っていう語」の用例を挙げます。いっぽう禅の線も生きていて、十七世紀には「人の心」、十八世紀には「自己本来の面目」。そして「小説・戯曲などの中心人物」の用例として引かれるのは、明治 18 年に刊行のはじまった、坪内逍遥の『小説神髄』。そこで逍遥は「主人公」の脇に、英語の hero を仮名で書き添えています。
禅語がそのまま主役に化けたのか、家のあるじの線から来たのか。両方が明治で合流したのか。そこは、はっきりしません。
少なくとも禅の線では、この言葉は呼びかけでした。物語の主人公は、外から名指されて主人公になる。石の上の和尚が呼んだ主人公は、そうではありません。
もっとも、いまも私たちは「自分の人生の主人公は自分だ」と言います。名指す側も、返事をする側も、自分。あの石の上と、案外、近いのかもしれません。
「主人公」。「はい」。返事をする人が、いつもひとり、こちら側にいます。