「旦那」という言葉、いま使うのはだいたい「夫」のこと。「うちの旦那がね」「旦那さんによろしく」——日常のなかで、軽く転がる呼び名です。

でも漢字を眺めてみると、「旦」と「那」。日の出の「旦」に、どこか遠くを指す「那」。並べても、夫の意味はどこからも出てきません。それもそのはず、これは漢字の意味を捨てて音だけを借りた当て字。もとはインドの古い言葉、しかも「与えること」を意味する仏教語だったんです。

第1話 · ダーナ——「与える」という修行

古代インドの言葉、梵語(サンスクリット)に dāna(ダーナ) という語があります。意味は「与えること」。仏教では、見返りを求めずに差し出す「布施」を指します。

それも、ただの寄付ではありません。悟りに至るための六つの修行——六波羅蜜(ろくはらみつ)の、いちばん最初に置かれた徳目です。財を与える。教えを与える。恐れを取り除いてやる。仏教は「与えること」を、修行の入口に据えました。

そして、布施をする人を dānapati(ダーナパティ)——「与えることの主」と呼んだ。

仏典が中国で漢訳されるとき、dāna は意味で訳せば「布施」、音で写せば「檀那」「旦那」になりました。dānapati は「檀越(だんおつ)」。寺と僧を支える人の呼び名が、ここで生まれます。

第2話 · お寺の「檀那」——日本へ

この言葉は、仏教とともに日本へ渡ってきました。平安期の仏教文献には「檀那」の語がすでに見えます。堂を建てる人、僧を養う人、法会の費用を出す人——寺にとって「檀那」は、信仰を経済の側から支えてくれる、ありがたい存在でした。

中世になると、この言葉は思わぬ広がり方をします。熊野詣の案内人——御師(おし)たちは、自分が世話をする参詣者のことを「旦那」と呼びました。旦那は御師の家の財産そのもので、譲ったり、売り買いしたり、相続したりする対象にさえなったといいます。

江戸時代には、幕府の寺請制度で家ごとに菩提寺を持つ仕組みが整い、「檀家」という形で、言葉は制度のなかに編み込まれました。いまも続く「檀家さん」は、ダーナの直系の子孫です。

第3話 · 支えてくれる人は、みんな「旦那」

やがてこの言葉は寺を離れ、江戸の町を歩き出します。

商家の奉公人にとっては、給金をくれる主人が「旦那様」。役者や芸人、職人にとっては、ひいきにして金を落としてくれる客が「旦那」。出入り先の主も、長屋の家主も、みんな「旦那」——共通しているのは、「与えてくれる人」という一点です。

布施をする人、という仏教の芯は、形を変えながら、ずっと残り続けた。

そして家のなかでは、家計を支える夫が「旦那」と呼ばれるようになります。妻が夫を「うちの旦那」と呼ぶ言い方は、こうして江戸期に広まっていきました。寺を支えた言葉が、舞台を家庭に移した瞬間です。

第4話 · donor と同じ根

最後に、少し遠くまで。

梵語の dāna は、インド・ヨーロッパ語族の「与える」を意味する古い語根につながっています。同じ根から、ラテン語では dōnum(贈り物)が生まれ、英語の donation(寄付)や donor(ドナー) へ続いていきました。

つまり、臓器提供の「ドナー」と「うちの旦那」は、はるか遠くで同じ根を分け合う言葉。インドで布施になり、中国で檀那になり、日本で夫になった東回りの旅と、ローマで贈り物になり、英語で寄付になった西回りの旅が、現代の日本語のなかで、何食わぬ顔で隣り合っているわけです。

「旦那」と呼ぶとき、その二文字には「与える人」という古い意味が眠っています。たまには思い出してみても、いいかもしれません——もっとも、「うちはお互いさま」というお宅が、いまはいちばん多いのでしょうけれど。