「ごちそうさま」という言葉、いま使うのはほぼ食事の終わり。家でも、外でも、食べ終わったあとに、ふっと口をついて出る一言です。

でも語源をたどると、これは古い中国で、馬を走らせて奔走する——その動作そのものを指していた言葉だったんです。

第1話 · 「馳走」は、馬を駆けて走ること

「ごちそう」を漢字で書くと、「御馳走」。

」は馬偏に「也」を組み合わせた字で、馬が速く駆けることを意味します。「」もまた、走ること。あわせて「馳走(ちそう)」は、文字どおり馬で駆け回る動作を表します。

もとは料理ではなく、料理が出てくるまでの——馬の駆け回りの方を指していた。

古典中国の文献では、この「馳走」が、戦の伝令や使者の奔走から、客を迎えるための準備、転じて「世話を焼く」「奔走する」の意まで、広く使われていました。

第2話 · 日本へ渡って、「もてなしの料理」へ

この「馳走」が、漢語として日本に入ってきます。

平安期の文献では、まだ「奔走する」「世話を焼く」の意で使われていました。ところが、鎌倉中期から室町期にかけて、意味の重心がしだいに移っていきます。

馳走の結果として並ぶ料理そのものを指して「御馳走」と呼ぶようになる。「今夜は御馳走だ」「お盆の御馳走」——もはや料理そのものを意味する言葉として定着しました。

「御」は、丁寧の接頭辞。「ご馳走」と呼ぶことで、その料理の背後にある準備の労力を、暗にねぎらう含みを残している。

第3話 · 食後の挨拶として、根づく

「御馳走」が料理の意味で広まると、それを食べ終わったあとに、用意してくれた人への感謝を伝える言葉として、「御馳走さま」「ごちそうさま」が口にされはじめます。

「いただきます」が、食前に「頭の上に押し戴く所作」を起源に持つひとことだったのに対し、「ごちそうさま」は食後に、料理が出てくるまでの奔走への労いを返すひとこと。

食前と食後、対をなすこの二つは、もとを辿るとそれぞれ別の所作・別のニュアンスから来ているのです。

第4話 · 学校給食を経て、全国の食卓へ

「ごちそうさま」が全国の食卓で当たり前のひとことになるのは、「いただきます」と同じく、明治・大正の学校作法教育、戦後の学校給食を経てから。

子どもたちが教室で、食前に全員で「いただきます」、食後に全員で「ごちそうさま」を唱える光景が、戦後の急速な普及のなかで全国に広がりました。

いまや、外食のあと、店員さんに「ごちそうさま」と声をかけるのも自然な作法。「いただきます」と並んで、日本語のなかで毎日のように繰り返される、短い感謝の儀礼として、生きている。

口にするたび、料理が並ぶまでに駆け回った見えない手のことが、ほんの少しだけ浮かんでくる——のかもしれません。