「画竜点睛」という言葉、いま使うのはだいたい「最後の仕上げ」の意です。プレゼン資料の表紙だけが薄かったとき、料理の最後にひと振りの塩を忘れたとき——「画竜点睛を欠く」と言って、ちょっと悔しがる。

でも語源をたどると、これはおよそ千五百年前、南朝梁の都・金陵の寺の壁で、描いた龍が画家の手から飛び立った——という、ふしぎな物語なんです。

第1話 · 仏教篤い武帝と、お抱えの画家

舞台は六世紀前半、南朝梁

時の皇帝・梁の武帝(蕭衍、しょうえん)は、生涯にわたって仏教を篤く敬った人でした。みずから捨身して寺の奴(ぬ)になろうとし、家臣たちが大金を払って買い戻す——そんな逸話まで残るほど。

国じゅうに寺院を建てては、絵で飾ることに惜しみなかった。

そんな武帝が、しばしば壁画を任せたのが、呉中(いまの蘇州)から出てきた画家——張僧繇(ちょうそうよう)です。

人物像、仏画、肖像——なんでも来い。彼の仏画は「張家様(ちょうけよう)」と呼ばれる独自の様式となり、後世の彫像までもがその姿を範にしたほど、影響は深く長く残りました。

武帝が遠方に派遣された皇子を恋しく思い、張僧繇に肖像を描かせたところ、その絵は皇子と向き合っているかのように似ていて、武帝は感慨にふけったと『歴代名画記』は伝えています。

第2話 · 安楽寺の壁、四頭の白い龍

ある年、張僧繇は、金陵(いまの南京)の安楽寺の壁に、龍を描くよう命じられました。

仕上がりは——四頭の白い龍。鱗の一枚一枚まで描き込まれ、雲を巻き、波を巻き、いまにも動き出しそうな絵。

ところが、ひとつだけ、欠けているところがありました。

四頭とも、瞳が入っていない。眼の輪郭は描かれているのに、その中心の黒だけが、ぽっかり白いまま。

人々が「なぜ瞳を入れないのか」と訊くたびに、張僧繇は、こう答えるのが常でした。

点睛即飛去——瞳を入れたら、飛び去ってしまう。

聞いた人は、たいてい笑いました。虚誕(うそ)だ、と。絵が動くわけがない、と。

第3話 · 点睛、そして雷電

それでも、人々はしつこかった。

「冗談はよせ、ぜひ瞳を入れて完成させてほしい」と、ついには寺の僧たちまでが頼み込みます。

張僧繇は、しばらく筆を止めて考えました。やがて、無言で筆を取り直し、二頭の龍の目に——点睛

その瞬間です。

晴れていた金陵の空がにわかに曇り、雷鳴がとどろいた。安楽寺の壁が音を立てて割れて剥がれ落ち、瞳を入れた二頭の龍は、巻き上がる雲に乗って——そのまま天へ昇っていった。

人々は、声も出せずに見送るしかありませんでした。

壁にぽっかり開いた穴と、いまだ瞳を持たない残された二頭の龍

寺の壁画は、未完のまま、伝説になりました。

第4話 · 「最後の一筆」が、言葉に残る

晩唐になって、絵画史を編んだ張彦遠が、『歴代名画記』巻七にこの話を書き留めます。「もしや本当のことだったのかもしれない」と、ほのかな含みを残しながら。

ここから、点睛——瞳を入れる、その一瞬——が、「絵を生かす最後の一筆」の意になり、やがて「絵全体を活かす肝心の仕上げ」の名として、東アジアに広がっていきました。

「画竜点睛を欠く」と言えば、九割九分まで仕上がっているのに、最後の一筆が抜けて全体が立ち上がらない、あの惜しさ。

逆に「ここが画竜点睛」と言えば、その一手で全体がふっと動き出す、ちょうど安楽寺の壁の龍のように。

会議の締めのひと言で、プレゼンの最後の一スライドで、料理の最後のひと振りで、原稿の最後の一行で——「画竜点睛」とつぶやくとき、その後ろには、千五百年前の金陵の空をふと裂いて飛び立った白い龍が、ちらりと残っている——のかもしれません。