「月下氷人(げっかひょうじん)」という言葉、いま使うのは「二人の縁を取り持つ人」——つまり仲人や媒酌人のことです。

でも語源をたどると、これは一つの故事ではありません。時代も書物もまるで違う、唐の「赤い縄」と西晋の「氷の夢」、二つの物語が一語に結ばれた合成語なんです。

第1話 · 宋城の宿、月あかりの下で

物語の前半、舞台は唐の元和二年(807年)。主人公の韋固(いこ)は、幼くして親を亡くし、早く身を固めたいと焦る若者。けれど縁談は破談続きでした。

清河へ向かう途中、宋城(そうじょう)の宿に泊まった翌朝、まだ暗いうちに縁談相手を見に寺の門前へ急ぐと、傾いた月の下で、ひとりの老人が布袋に寄りかかり、見たこともない文字の書物を検(しら)べていました。

「これは幽冥(あの世)の書。わしが預かるのは、天下の婚姻を記した帳簿だ」。

第2話 · 袋の中の、赤い縄

袋の中身を尋ねると、老人は一本の赤い縄——原文でいう「赤縄子」を取り出しました。

この赤い縄で、夫婦となる二人の足を結ぶのだ。仇どうしの家でも、身分がどれほど隔たっても、遠い異郷に離れて生まれても、ひとたび結べば逃れられない

生まれる前からひそかに結んでおくのだ、と。これが、のちに縁結びの神月下老人(げっかろうじん)と呼ばれる存在でした。

「お前の妻は、いま三歳。この宿の北で野菜を売る、片目の老女が抱く女児だ」。行ってみると、なるほどみすぼらしい老女が、貧しい女の子を抱いている。あまりの落差に、韋固はかっとなります。

第3話 · 小刀の、その後

腹を立てた韋固は、供の下僕に小刀を握らせ、あの女児を刺すよう命じてしまいます。下僕は雑踏にまぎれて刃を向けましたが、狙いは外れ、眉間をかすめただけで逃げ帰りました。

それから十四年。縁に恵まれぬまま、韋固は父祖の功で相州の軍に加わり、刺史(州の長官)王泰(おうたい)に有能を認められて、その娘を妻に賜ります。美しい妻でしたが、妙なことが一つ。眉間にいつも小さな花の飾りを貼り、湯浴みのときも眠るときも外さないのです。

問い詰めると、妻は涙ながらに打ち明けます。自分は王泰の実の娘ではなく姪(めい)で、実の父はかつて宋城の長官だった。赤子のころ父を亡くし、乳母の片目の老女と野菜を売って育ち、三歳のとき市で暴漢に刺された。その傷あとを、花で隠しているのだ、と。

あのとき下僕に刺させた女児が、いま目の前の妻だったのです。二人は奇縁を嘆じ、いよいよ深く慕い合いました。のちに宋城の長官が、この宿を定婚店(ていこんてん)——縁の定まる宿——と名づけたそうです。

第4話 · もう一つの、氷の話

さて、後半の「氷人」は、まったく別の物語からやってきます。時代は西晋、出典は正史『晋書』の芸術伝です。

孝廉(官吏候補)の令狐策(れいこさく)が、氷の上に立って氷の下の人と話す夢を見ました。占い上手の索紞(さくたん)は、こう解きます。

氷の上は陽、氷の下は陰。氷の上から下の人へ語りかけたのは、仲立ちのしるし。氷の解けるころ、縁談がまとまるだろう

策は「老いぼれに仲人など」と笑いましたが、ほどなく太守の田豹に頼まれて縁談をまとめ、春の半ばに婚礼が成りました。ここから、仲人を「氷人」と呼ぶようになったのです。

唐の月下老人と、西晋の氷人。まるで違う二つの物語が、いつしか一語に結ばれて「月下氷人」になりました。生まれる前から足を結ぶという赤い縄は、いまの日本で親しまれる運命の赤い糸の、遠いご先祖でもあるんです。

仲人という言葉に、赤い縄と氷の夢が、そっと折り重なっている。

縁というのは、たぶん、結んでくれた誰かがいて初めて、縁になるのでしょう。