「塞翁が馬」という言葉、いま使うのはだいたい「人生、何が幸いし何が災いするか分からない」という意味。「人間万事塞翁が馬」と続けて引かれることも多い、慰めの一語です。

でも語源をたどると、これは前漢の頃、中国の北の辺境で、馬と息子と老人をめぐって起こった、四つの場面の物語だったんです。

第1話 · 塞のほとり、占いの老人

舞台は紀元前二世紀ごろの中国、北の辺境。塞(さい)と呼ばれる、胡(こ)の国と接する砦の近くに、ひとりの老人が住んでいました。

「塞」は、国境を守る砦のこと。北の遊牧民・胡と、いつ衝突してもおかしくない、緊張のなかにある土地。

その老人は、占いに長けた人として、近隣の村でひそかに名を知られていました。淡々と暮らし、馬を一頭飼い、息子と二人で日々を送っている——のちに「塞翁(さいおう)」と呼ばれることになる、この老人の話です。

ある日、ちょっとした事件が起こります。

第2話 · 馬が逃げ、馬が戻る

なんの前触れもなく、老人の飼っていた馬が、塞を越えて胡の地に逃げてしまった。

知らせを聞いた近所の人々は、口々に老人を慰めにきます。「あれは大事な馬だっただろう。さぞ口惜しいだろう」。

ところが老人は、表情ひとつ変えず、こう答えました。

此れ何遽(なん)ぞ福と為らざらんや(これがどうして、福にならないと言えようか)」

それから数か月——逃げた馬が、なんと胡の駿馬を一頭連れて、戻ってきました。

人々は今度は祝いに集まります。「あの馬が、こんな立派な馬を連れて帰ってきた。なんと幸運な」。

老人は、また淡々と——「此れ何遽ぞ禍と為る能(あた)わざらんや(これがどうして、禍とならずに済もうか)」。

第3話 · 息子が落ち、骨を折る

家には、もう一頭、立派な駿馬が増えました。乗馬の好きな老人の息子は、この胡の駿馬に喜んで跨り、毎日のように野を駆けます。

ある日、その馬から振り落とされ、息子は腿(もも)の骨を折ってしまいました。

知らせを聞いて、人々はまた老人を慰めにきます。「あんなに元気な息子さんだったのに、これは気の毒だ」。

老人は、しかし、また同じように——「此れ何遽ぞ福と為らざらんや」。

人々は、内心、首をかしげたでしょう。馬が逃げたときも、戻ったときも、息子が骨を折ったときも——この老人は、何を見ているのか。

それから一年。とうとう、ひとつの出来事が、塞のほとりを揺さぶります。

第4話 · 胡が攻め、若者が死ぬ

ある日、胡が大軍で塞に攻め入ってきました。

国は若者をかき集め、戦に投じます。塞のほとりに住む丁壮(働き盛りの男たち)は、ことごとく弓を引いて戦った——そして、その十人のうち九人は、戦死した

老人の息子は、骨を折って跛(びっこ)を引いていたために、徴兵を免れ、戦に出ずに済みました。父と子は、こうして無事に、二人で生き延びたのです。

『淮南子』人間訓は、この四つの場面を並べた後で、こう締めくくります。

故に、福の禍と為り、禍の福と為るは、化、極むべからず、深、測るべからざるなり(だから、福が禍となり、禍が福となる、その変化は極まることがなく、深さは測れない)」

二千百年あまり経って、この物語は「人間万事塞翁が馬」という言葉で、いまも東アジアに残り続けています。

馬が逃げて、嘆いた瞬間。駿馬が戻って、喜んだ瞬間。息子が骨を折って、絶望した瞬間。戦が来て、なお生き延びた瞬間——どれもみな、半年後、一年後の自分には、別の意味で見えていたかもしれない。

いま嘆いていることが、いつか笑い話になる——のかもしれません。