「玄関(げんかん)」という言葉、いま使うのは家の入口、靴を脱ぐあの場所です。「玄関で待ってて」「玄関先で立ち話」——毎日くぐる、いちばん身近な建築の一部です。

でも漢字を眺めると、「玄」に「関」。語源をたどると、これがもともと「奥深い仏道へ入る関門」を指す、ずいぶんいかめしい言葉だったと知ると、ちょっと驚きます。

第1話 · 「玄」と「関」

「玄」は、黒くて奥深い色。そこから「幽玄」「玄妙」——人知の及ばない、深遠なものを指すようになります。『老子』は、世界の根源をこう呼びました。

玄の又(また)玄、衆妙(しゅうみょう)の門なり——玄之又玄、衆妙之門(『老子』第一章)

「関」のほうは、関門。出入りを制する、要所の入口のこと。合わせて「玄関」は、奥深い真理へ入るための関門。もとは、きわめて精神的な言葉でした。

第2話 · 禅寺の入口へ

この言葉を建物に引き寄せたのは、禅宗でした。

「玄妙な仏道に入る関門」という意味で使われていた「玄関」が、やがて禅寺の、わけても住職の居室である方丈(ほうじょう)の入口そのものを指すようになります。

悟りへの道場に入る、その入口そのものを「玄関」と呼んだ。精神の関門が、建物の入口へと、すっと降りてきたわけです。

第3話 · 武家の格式

室町時代、書院造(しょいんづくり)という武家住宅の様式が整っていくなかで、「玄関」は寺を出て、武家の屋敷へ移ります。客を迎える正式な出入口として、一段低い板敷きの「式台(しきだい)」を備えた、格式高い玄関が設けられるようになりました。

江戸時代、この玄関は身分の標識でもありました。立派な玄関を構えられるのは、武士や名主など、ひとかどの家だけ。多くの庶民の家に、玄関はなかったのです。

第4話 · 万人の玄関

それが変わるのは、明治。身分制が解かれ、玄関は誰の家にも許されるものになりました。いま私たちが当たり前にくぐっている玄関は、案外、新しい

奥深い仏道の関門 → 禅寺の入口 → 武家の格式 → そして万人の入口へ。「玄」という一文字は、ずいぶん遠くまで降りてきたものです。

靴を脱いで上がり込む日本の玄関は、家の内と外を、きっぱり分ける独特の場所でもあります。「玄妙な道への関門」だった頃の名残——とまで言うと、さすがに大げさでしょうか。それでも、毎日の「ただいま」と「いってきます」を区切るその一歩に、千年の由緒が、うっすら残っているのかもしれません。