「隗より始めよ」という言葉、いま使うのはだいたい「大きな事業は、まず手近なところから」あるいは「言い出した者から、まず動け」という場面です。少し説教めいた響きもある一語です。
でも語源をたどると、これは戦国時代の中国で、どん底に落ちた国の王さまに、「まず私を厚遇してください」と大真面目に売り込んだ、一人の男の話なんです。
第1話 · どん底の燕
舞台は戦国時代の燕(えん)。七雄のひとつとはいえ、北のはずれの、目立たない国です。
紀元前 316 年ごろ、この国はとんでもない事件で崩れはじめました。時の王・噲(かい)が、あろうことか家臣の子之(しし)に王位を「禅譲」してしまったのです。いにしえの聖王にならった美談のつもりが、国は真っ二つに割れて内乱に。紀元前 314 年、その隙を突いて、東の大国・斉(せい)が攻め込みます。燕はろくに戦うこともできないまま踏みにじられ、王も子之も命を落としました。
そのあとを継いで即位したのが、昭王(しょうおう)。手渡されたのは、焼け跡のような国でした。
第2話 · 賢者は、どうすれば来てくれる
昭王は、身を低くし、礼物を厚くして、人材を探しはじめます。国を立て直し、いつの日か、斉に借りを返すために。
けれど、荒れ果てた北の小国に、名のある賢者がわざわざ来てくれるものだろうか。昭王は、燕の臣・郭隗(かくかい)を訪ね、率直に頭を下げました。
「斉はわが国の乱に乗じて攻め込んだ。わたしは、国が小さく力の足りないことを、よく知っている。それでも賢者を得て、ともに国を興し、先王の恥をすすぎたい。先生——どうすれば、人は来てくれるのだろうか」
郭隗は、答えの代わりに、昔話をひとつ語りはじめました。
第3話 · 死んだ馬の骨に、五百金
昔、ある王が、一日に千里を走る千里の馬を、千金で買おうとしました。ところが三年たっても、手に入らない。
見かねた宮中の側仕えが、「私にお任せください」と名乗り出ます。三か月かけて、ようやく千里の馬を探し当てました——が、馬はすでに死んでいた。するとこの男、なんと死んだ馬の骨を、五百金で買って帰ったのです。
王は激怒しました。欲しいのは生きた馬だ。誰が骨に五百金を払えと言った——。けれど男は、平然とこう答えます。
死馬すら且つ之を五百金に買う。況(いわ)んや生馬をや。天下必ず王を以て能く馬を市(か)うと為さん。馬今に至らん(『戦国策』燕策一)
死んだ馬にさえ五百金を払う王なら、生きた名馬にはいくら積むだろう——天下がそううわさすれば、馬は向こうからやって来ます。果たして一年もたたないうちに、千里の馬が三頭も届いたといいます。
第4話 · まず、隗より
そして郭隗は、こう締めくくりました。
今、王誠(まこと)に士を致さんと欲せば、先づ隗より始めよ(『戦国策』燕策一)
どうしても賢者を招きたいのなら、まず、この隗からお始めください。私のような者でさえ手厚く遇されると知れば——隗より賢い人たちは、千里の道も遠いとは思いませんよ。
自分を「死んだ馬の骨」に見立てた、堂々の売り込みでした。昭王はこれを受け入れ、郭隗のために御殿を新しく築いて、師と仰ぎます。
すると、うわさは広がりました。名将・楽毅(がくき)が魏から、学者の鄒衍(すうえん)が斉から、劇辛(げきしん)が趙から——人材が、続々と燕に集まりだしたのです。
そして紀元前 284 年。昭王は楽毅を上将軍に立て、五つの国の連合軍で斉を打ち破ります。この大勝はやがて、七十あまりの城を落とす快進撃につながりました。どん底の国は、骨に積んだ五百金から、たしかに立ち直ったのです。
いまの「手近なことから」「言い出した者から」という使い方は、ここから転じたもの。もとの話が言っていたのは、もう少し深いこと——遠くの千里の馬は、足元への本気を見てから来る、ということでした。
「隗より始めよ」のいちばん奥には、死んだ馬の骨に、迷わず五百金を積んでみせた、あの目利きの横顔が残っています。