「彼女いる?」の「彼女」と、「彼女はまだ来ていません」の「彼女」。同じ二文字が、恋人と、その場にいない女性の両方を指します。ずいぶん働き者の言葉です。

ところがこの二文字、もともと日本語にはありませんでした。江戸の後期から明治にかけて、英語の she を訳すために足された新語です。しかも、読み方が決まるまでに手間取っている。

第1話 · 「かれ」に、男も女もなかった

まず「(かれ)」のほうから。

古い日本語の「かれ」は、遠くのものを指す言葉でした。人も、物も、場所も指す。「あれ」とほぼ同じ手ざわりで、男女の区別はありません。夕方の「たそがれ」は、もとは「誰(た)そ彼(かれ)」——「あれは誰だ」と尋ねる時刻、という意味です。この「彼」も、男とはかぎらない。

そもそも日本語は、三人称を代名詞であまり片づけません。「あの人」「あちらの方」。名前や間柄で呼べば足りるので、he と she を分ける必要がなかったのです。

第2話 · 辞書に、読み方だけがない

その必要は、外からやってきます。

日本で最初の英和辞書とされるのは、長崎の通詞たちが編んだ『諳厄利亜語林大成(あんげりあごりんたいせい)』。文化十一年(1814 年)です。その she の項に、もう「彼女」の二文字がある。ただし、読み仮名がない。

読みが分かるのは、もっとあとです。明治二年(1869 年)の『和訳英辞書』——通称・薩摩辞書は、her を「彼女(カノヲンナ)ノ」と訳しています。その二年前のヘボン『和英語林集成』は、she を Ano onna; are、her を Ano onna no; kano onna no と並べる。あの女、あれ、かの女。まだ一語に固まっていません。

つまり明治のはじめ、この二文字はおおむね「かのおんな」でした。明治九年の『改正画引小学読本』には「彼女 カノジョ」という例もありますが、この読みが一語として固まるのは、まだ先のことです。

第3話 · 店先の、お転婆な娘

「かのじょ」の読みが小説に現れたとされるのは、明治十八年から十九年(1885-86 年)。坪内逍遥(つぼうちしょうよう)の『当世書生気質(とうせいしょせいかたぎ)』です。

場面は街角の店先。客引きの娘たちに囲まれた学生が、懐中時計を取り上げられて往生している。そのうちの一人、十四、五の娘を、語り手はこう書きます。

俗にいふお転婆なれども、彼女(かのとよ)は活溌だ、などといつて書生連によろこばるる小娘あり。其名をお豊といふ——坪内逍遥『当世書生気質』

日本国語大辞典』が「かのじょ」の初出例に挙げるのが、この一節です。

ただし明治の原本を開くと、ふりがなは「かのとよ」。娘の名が、お豊なんです。彼(かの)お豊——「女」の字に娘の名を読ませた、義訓でした。

それでも、地の文じたいが書生——英語を習う学生たち——の口ぶりで書かれている。「かのじょ」は英語の教室から広がったのではないか、という見方があります。he と she を訳し分けないと文法の問題が解けない、けれど「かのおんな」は長い。それで「女」を音読みにした、と。

第4話 · 漱石の十年

そのあとの速さは、夏目漱石の小説を年代順に並べると見えてきます。

明治四十一年(1908 年)の『三四郎』で、「彼女」が出てくるのは一度きり。しかもふりがなは「かのおんな」です。

彼女(かのおんな)の夫(ハスバンド)たる唯一の資格のような気がしていた——夏目漱石『三四郎』

漱石はふだん、女性を指すのに「女」と書く人でした。それが『彼岸過迄(ひがんすぎまで)』(明治四十五年・1912 年)では「彼女」が百七十回を超え、『行人(こうじん)』(大正元〜二年)では二百七十回に達し、ふりがなも「かのじょ」に変わる。大正五年(1916 年)の絶筆『明暗』では、九百回以上。「女」はほとんど姿を消します。

十年たらずで、日本語のほうが入れ替わりました。

「彼女」が恋人を指すようになるのは、もっとあと。辞書がその用例に挙げるのは、昭和六年(1931 年)の『ウルトラモダン辞典』です。「かのじょ」の読みが現れてから、五十年以上が経っている。「彼氏」のほうは昭和のはじめ、活動弁士の徳川夢声(とくがわむせい)が「彼」に敬称の「氏」を添えて作った、と言われます。

she をどう呼ぶかで、辞書と小説が半世紀ぶん揺れました。その揺れの上に、いまの二文字が乗っています。