「個人(こじん)」という言葉、いま使うのは「個人情報」「個人の自由」「個人の責任」。社会や組織の反対側にいる、ひとりの人間。あまりに当たり前で、大昔からあったように思えます。

でも、この二文字が日本語に根づいたのは、たかだか百五十年ほど前。もとの英語 individual を漢字に移そうとして、明治の人たちが手こずった、そのすえの言葉です。

しかも、その individual は、もともと「分けられないもの」という意味でした。

第1話 · 分けられない、という意味

英語の individual をさかのぼると、ラテン語の individuus(インディウィドゥス) にたどりつきます。「分ける(dividere)」に否定の in がついた形——つまり「分けられない」。

もとは、物をどんどん半分にしていって、もう割れない、という究極の一片を指しました。ラテン語の individuum は、ギリシャ語の「アトモン」——のちの「原子(アトム)」——を写した訳語でもあります。

それが人間に向けられると、こうです。人は、半分に割っても「半分の人」にはならない。ひとりの人間は、それ以上は分けられない、社会の最小の単位だ——。individual の芯には、この「割り切れないひとり」という手ざわりがありました。

第2話 · 「人」では、足りない

幕末から明治へ。西洋の書物とともに、individual が流れ込みます。ところが、ぴたりと当たる日本語が、どこにもない。

福沢諭吉は、ためしにこれを、ただ「人」と訳しました。でも「人」では、足りない。individual にこもっていた、社会に対してただひとりで立つ、究極の単位としての人間——その手ざわりが、まるごと抜け落ちてしまう。

ほかの訳も、どれも苦しい。「人民各箇(じんみんかっこ)」「一身の身持(みもち)」「各殊(かくしゅ)の人身」……読むほうも、正直よく分からない。分からないが、大事そうだ、と受け取るしかない。ひとりを名指すだけのことに、言葉がこれほど難儀したのです。

第3話 · 「一箇の人」を、削る

手がかりは、意外なところにありました。中村正直(なかむらまさなお)が明治五年(1872年)に訳した、ミルの『自由論』——『自由之理(じゆうのことわり)』です。

中村は、individual を「一箇(いっこ)の人」と訳しました。individuality(個であること)にいたっては、一語で言えず、こう書くしかなかった。

人民に独自一箇(どくじいっこ)なるものゝあるは、福祚(ふくそ)安寧の原質なることを論ず——中村正直『自由之理』巻之三

「独自一箇なるもの」——ひとりひとりが、他と代えのきかない自分であること。ぎこちない言い回しの奥で、「一箇」という芯だけが、しっかり残っています。

西周(にしあまね)ら明六社(めいろくしゃ)の知識人も、めいめいに訳を試みます。やがて「一箇の人」「独一個人(どくいつこじん)」から余分な字が削れて——「個人」の二文字に落ちつく。誰かひとりが決めたのではなく、いくつもの手を経た結晶でした。

第4話 · 名前のなかった、ひとり

考えてみれば、不思議な話です。ひとりの人間を指す言葉が、なぜ新しく要ったのか。

それまでの日本語にも、「人」「者」「各人」はありました。でも、共同体から切り離された、たったひとりの人間——村でも家でも身分でもなく、ただ「わたし」としてそこにいる人——を一語で名指す言葉は、なかったのです。名指す必要が、まだ薄かったのでしょう。

近代の翻訳とともに、その「ひとり」が輪郭を持ちはじめる。individual のもとの意味は「分けられない」でしたが、「個人」は、いつしか「他の誰とも違う、代えのきかないひとり」という響きを帯びていきます。この道すじを丹念に追ったのが、柳父章(やなぶあきら)の『翻訳語成立事情』です。

「個人を尊重する」——そう口にするとき、その奥には、名前を持てずにいた「ひとり」に居場所を与えようとした、明治の苦心が、静かに畳み込まれている——のかもしれません。