「傾国の美女」。国を傾けてしまうほど美しい人、という意味で使います。ほめ言葉の最上級として、二千年ずっと現役です。

ところがこの言い方、もとはある女性を売り込むための歌でした。しかもうたったのは、その人の兄です。

第1話 · 犬の係をしていた男

前漢、武帝の時代。宮中に李延年(りえんねん)という男がいました。本人も父母も兄弟も、みな芸を生業にしていました。ところが李延年は法に触れて腐刑を受け、宮中で犬の世話をする役についていた、と『漢書』は書きます。

助けたのは音楽の腕でした。新しい節を作れば、聴いた者がみな心を動かされたといいます。歌と舞で武帝の目に留まり、宴に侍る身になりました。

妹も同じ家の子です。宮廷に生まれたわけではない。この一家が上がる道は、芸の一本だけでした。

そして、ある日の宴。李延年は立ち上がり、舞いながらうたいました。

第2話 · 北方に佳人有り

北方に佳人有り、絶世にして独立す。一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾く——北方有佳人、絕世而獨立、一顧傾人城、再顧傾人國(『漢書』外戚伝)

一度ふり返れば城が傾き、もう一度ふり返れば国が傾く。「絶世にして独立す」は、世に並ぶ者がなく、ただひとり立っている、という意味です。歌はこう続きます。城と国が傾くと知らないわけではない、しかし佳人は二度とは得がたい——。

武帝はため息をついて言いました。よい歌だ。だが、世にそんな人がいるものか。

そばにいた武帝の姉、平陽公主(へいようこうしゅ)が口をはさみます。延年に、妹がおります。

呼び出してみると、たしかに美しく、舞がうまかった。これが李夫人(りふじん)です。歌が終わってから、ほんの短いあいだの出来事でした。

第3話 · 顔を、見せなかった

李夫人は皇子をひとり産み、若くして病に伏せます。武帝が見舞いに来ると、彼女は布団を頭までかぶって、顔を出しませんでした。

長く病んで顔かたちが崩れております、お目にかけられません。どうか兄弟のことを——。武帝はひと目だけでもと食い下がりますが、彼女はとうとう顔を見せない。皇帝は不機嫌なまま帰っていきました。

姉妹たちが責めます。なぜひと目会って、直接お願いしなかったのか。李夫人はこう答えました。

色を以て人に事うる者は、色衰うれば愛弛む——以色事人者、色衰而愛弛(『漢書』外戚伝)

美しさで仕えた者は、美しさが衰えれば愛も緩む。愛が緩めば、頼みごとも通らない。崩れた顔を見せないほうが兄弟は守られる、という計算です。歌で始まった縁の終わらせ方まで、彼女は自分で決めていた。

第4話 · 傾いたのは

李夫人が死ぬと、武帝は彼女を思いつづけ、方士を呼んで魂を招く術まで試させます。

それでも、一族はもちませんでした。弟の李季(りき)が後宮の女性と関係を持った罪に問われ、兄の李延年もろとも、一族が誅されます。遠征に出ていたもうひとりの兄・李広利(りこうり)だけが難を逃れ、その李広利ものちに匈奴へ降りました。歌ひとつで上がった家は、歌のもとになった人が消えると、そのまま落ちていった。

この歌には、もともと危ない含みがあります。城と国が傾くと知りながら、それでも欲しい——つまり災いを承知で求める歌なのです。中国ではその含みを残したまま、美の極みを言う語として使われつづけました。八百年ほどのち、李白は楊貴妃を「傾国」とうたっています。

日本語には「傾国」「傾城」の二つが入り、どちらも美女の意味で残りました。さらに中世には遊女を指すようになり、近世には太夫級の遊女や遊廓そのものの呼び名として定着します。ほめ言葉が、そのまま職業の呼び名になってしまった。

一顧すれば城が傾き、再顧すれば国が傾く。歌のなかで傾いたのは城と国です。実際に傾いたのは、歌をうたった側の家でした。