「国士無双」という言葉、いま使うのはだいたい「比類なき才の持ち主」。麻雀の役にも、漫画のキャラクターの呼び名にも使われる、いかにも強そうな四字熟語です。

でも語源をたどると、これは楚漢戦争の前夜、漢の宰相・蕭何が、馬を駆ってひとりの男を追いかけ、連れ戻して、劉邦の前で言い切った——その言葉だったんです。

第1話 · 韓信、楚から漢に転じる

舞台は紀元前 206 年ごろの中国。

秦が滅び、項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)が、やがて天下を争うことになる楚漢戦争の前夜。韓信(かんしん)は、もともと項羽の楚軍に身を寄せていました。戟(げき)を執る警護役の郎中(ろうちゅう)。何度も建策しましたが、項羽は若く血気の盛んな名門の生まれ。市井から這い上がってきた韓信の進言に、まともに取り合いません。

「ここでは、自分の力を活かせない」——韓信は、楚を出て、漢中へ追いやられた劉邦のもとへと転じます。

だが、漢でも事情は似たようなもの。劉邦も、まだ韓信を見抜いてはいませんでした。最初に与えられた役は、賓客の取り次ぎ役ともいわれる連敖(れんごう)という下役。あるとき罪を問われ、危うく斬られかけたところを、夏侯嬰(かこうえい)に救われて、治粟都尉(ちぞくとい)——兵糧の管理役に取り立てられました。

それでも、まだ部隊を率いる場には立てない。

第2話 · 蕭何、ひそかに見抜く

ただ、ひとりだけ、韓信を見抜いていた人物がいた。

漢の宰相、蕭何(しょうか)。劉邦と同郷・沛(はい)の出で、挙兵前から劉邦を支え、いまは後方で兵糧と人事を一手に握る、地味だが決定的な役回りの男。

蕭何は、何度か韓信と話をするうち、その器の大きさに気づきました。「この男は、ただの兵糧役で終わる人物ではない」。劉邦にもたびたび推挙しようとしたけれど、王の関心は別のところにあって、なかなか動かない。

ある日、韓信は決心します——「漢にも、自分の場所はない」。ひそかに、漢中から逃亡した

第3話 · 蕭何、馬を駆って追う

それを聞いた蕭何は、劉邦への報告もそこそこに、馬を引き出します。

『史記』はただ「蕭何、信が亡(に)げたと聞き、自ら之を追う」と短く記すのみ。何日かかったかも、夜だったかも、原文には書かれていません。のちの元代の雑劇『蕭何月夜追韓信』、明代の『西漢演義』、京劇『蕭何月下追韓信』——後世の文芸が、これを月明かりの場面として広く語り伝えました。

蕭何は、ようやく韓信を見つけ、説き伏せて、漢中へと連れ戻します。

そのあいだ、劉邦は蕭何までもが逃げたと聞かされ、激怒していました。両手をもがれた思いで、ふさぎ込んでいたところに、蕭何が韓信を連れて帰ってくる。

「お前まで逃げたかと思った」と詰問する劉邦に、蕭何はこう答えます——「他の将なら、逃げても惜しくありません。ですが、韓信を逃しては、漢の天下は取れません」。

第4話 · 国士、二人といない

そして、なお疑う劉邦の前で、蕭何が言い切ったのが、あの言葉です。

「諸将は、容易に得られます。韓信のごとき者は、国士に二人といない

原文では「諸將易得耳、至如信者、國士無雙」。「国士無双」——「国を支える士のなかで、双(ふた)つとない男」。

劉邦は折れた。「では、将軍にしてやろう」。蕭何は首を振る。「いえ、それでは韓信はとどまりません」。「——ならば、大将軍に」。

蕭何はさらに、吉日を選び、斎戒して、壇を築き、礼を尽くして迎えるよう求めます。劉邦はしぶしぶそのとおりに儀式を整えて、韓信を大将軍に任じました。

ここから、韓信の物語が始まる。その献策で漢軍は漢中を出て関中を平定し、韓信みずからも井陘(せいけい)で背水の陣を敷き、垓下(がいか)で項羽を追いつめる——漢が天下を取るまでの戦の多くを、この大将軍が指揮しました。

蕭何が馬を引き出して追わなければ、漢は天下を取れなかったかもしれない。「国士無双」という言葉は、その追跡と、宰相が王に告げたひとことから、二千二百年経って、いまも残り続けています。

本当に得難い人がいたら、蕭何の馬を、ふと思い出してもいい——のかもしれません。