「几帳面な人」と言います。約束を守り、机が整い、締め切りより早く出してくる人。

几帳は、平安の貴族の家にあった調度です。面は、面。どうつながるのか、字面からはまるで見えません。

第1話 · 布を垂らす道具

几帳は、間仕切りです。土居(つちい)という台に足(柱)を二本立て、その上に手(て)という横木を渡し、そこから帷(かたびら)——絹の布を垂らす。動かせる衝立のようなもので、部屋を仕切り、姿を隠すために使いました。

高さで呼び分けます。三尺几帳で約 90 センチ、四尺几帳で約 120 センチ。

『枕草子』で、清少納言は宮仕えに上がったばかりの自分をこう書いています。

夜々参りて、三尺の御几帳の後ろに候ふに、絵など取り出でて見せさせ給ふ(『枕草子』「宮にはじめてまゐりたるころ」)

恥ずかしくて涙が落ちそうなので、夜ごとに参上しては三尺の几帳の後ろに控えていた。そこへ中宮が絵を取り出して見せてくださる、という場面です。

『源氏物語』の蛍の巻には、光源氏が几帳の帷を一重だけ持ち上げる場面があります。そのとたん、さっと光るもの——集めておいた蛍です。布一枚で、見える見えないが決まる道具でした。

第2話 · 残すために、削る

木の角は、そのままにしません。ぶつければ欠けるし、手も痛い。だから削ります。これが面取り。

削り方には名前がついていて、糸のように細く削る糸面、角を丸める丸面、几帳面によく似た銀杏面(いちょうめん)、と種類があります。

そのなかの一つが几帳面です。辞典によれば、角を半円形に残し、その両脇に一筋ずつ刻みを入れる。

ここが少し変わっています。ふつうの面取りは角を落とす作業ですが、几帳面は角の出っぱりを落としません。丸みとして残したうえで、それをくっきり見せるために両脇を彫り込む。削り落とすほうが、ずっと簡単です。

もと几帳の柱に用いられた面だから几帳面という——辞典はそう説明します。ただし百科事典で「几帳」の項を引くと、柱の仕上げとして出てくるのは黒漆や蒔絵、飾り金具で、面取りの話は出てきません。

第3話 · 盆の縁に彫る

では、この言葉はいつから使われているのか。

辞書が挙げるいちばん古い例は『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』、1511 年。将軍の座敷に飾る唐物——中国渡りの道具の、飾り方と見分け方をまとめた本です。足利義政に仕えた能阿弥(のうあみ)が書き、相阿弥(そうあみ)がまとめたと伝わります。

そこにこうあります。「盆は角ひしなと大切にはたをきちゃうめんにほり」。盆は角や菱の形を大切にして、縁(はた)を几帳面に彫って、ということです。

几帳の柱ではありません。盆です。16 世紀のはじめには、几帳面は几帳の柱に限らず、面そのものの名前として使われていました。

辞書が、きちんとしているさまの意味で挙げる古い例は、それから 180 年ほど後。元禄八年(1695)の俳諧に「渡唐とて挟箱迄きてうめん」。唐へ渡るというので、挟箱(はさみばこ。衣類を入れて棒で担ぐ旅の箱)まで几帳面だ。箱の作りの話とも、荷造りの几帳面さとも読めます。ちょうど継ぎ目にあたる一句です。

第4話 · 鷗外は「生帳面」と書いた

時代が下って明治。夏目漱石は「イズムの功過」で「几帳面な男」と書いています。いまと同じ使い方です。

ところが森鷗外(もりおうがい)は、『雁』でこう書きました。「家の中の事を生帳面にしたがる末造(すえぞう)には」。末造は高利貸しの男です。

生(き)に、帳面。生真面目に帳面をつける、とも読める当て字です。帳簿をきちんとつけるから几帳面なのだ、という語源の説明は、いまもよく見かけます。

けれど几帳面という語は、1511 年の盆の彫り方のところにもう出ています。商家の帳面から生まれた、という説明では、この用例を説明できません。語源としては通らないその読み方が、表記のほうに顔を出しています。

じつは、辞書の語釈にも幅があります。『日本国語大辞典』は「かたに合っていて、厳格で折り目正しいこと」。『デジタル大辞泉』は「細かいところまで、物事をきちんと行うさま」。いまの語感に近いのは大辞泉のほうで、『日本国語大辞典』の語釈の芯にあるのは型のとおりであること。決まった形にきっちり削り出す面の名前だった、と思って読むと、こちらも腑に落ちます。

角を残すために、わざわざ両脇を削る。手間のかかるほうを選んだ削り方の名前が、いまは人の呼び名になっています。