「浩然の気(こうぜんのき)」という言葉、いま使うのはだいたい「大自然に触れて、心を大きく、のびのびさせる」という場面。「浩然の気を養う」と言えば、そんなリフレッシュのイメージが浮かびます。

でも語源をたどると、これは戦国時代の中国で、孟子が説いた、もっと厳しくて倫理的な「気」のことだったんです。しかも、この言葉が生まれたのは、あの「助長」の苗の話と、まったく地続きの場面でした。

第1話 · 先生は、何が得意ですか

舞台は紀元前 300 年ごろ、孟子が斉(せい)に滞在していた時期。弟子の公孫丑(こうそんちゅう)が、「重い役目を負っても、先生は心を乱されませんか」と尋ねます。孟子(もうし)は静かに、「否(いな)。我、四十にして心を動かさず」。何があってもぶれない心——不動心の持ち主だ、と。

その揺るがなさは、どこから来るのか。「何が得意なのですか」と重ねられ、孟子はこう答えました。

我、言を知る。我、善く吾が浩然の気を養ふ(『孟子』公孫丑上篇)

言葉を聴き分ける力(知言)と、浩然の気を養う力。この二つが、あの揺るがぬ心を支えているのだ、と。

第2話 · 言い難きなり

聞き慣れない言葉に、公孫丑が「その浩然の気とは、何ですか」と尋ねます。

孟子は、口ごもりました。「言い難きなり」——言葉にするのは難しい。そう前置きして、語りはじめます。

その気は、至大至剛。この上なく大きく、強い。正しさで養い、損なわなければ、やがて天地の間にみなぎり満ちる。ただし、義と道に寄り添ってこそ、その力を保てます。

是れ集義の生ずる所の者にして、義襲ひて之を取るに非ざるなり(『孟子』公孫丑上篇)

浩然の気は、日々の正しい行いを積み重ねる集義から、自然にわいてくるもの。一度の善行で、不意打ちのように奪い取れるものではありません。行いに少しでもやましさがあれば、たちまちしぼんでしまう。「のびのび」どころか、なかなかに厳しい話です。

第3話 · 焦って、引っぱると

だから孟子は、養い方の心得を言い添えます。常に努めねばならないが、効き目をあてにして待ちかまえてはいけない。忘れてもいけないが、無理に伸ばそうと「助長」してもいけない、と。

その「助長するな」の具体例が——苗の伸びを待ちきれず、一本ずつ引き抜いて畑ごと枯らした、宋の男の話。

そう、これは以前語った「助長」の、まさにその段落。浩然の気を説いたすぐあとで、孟子は苗を引き抜いた宋の男の話(揠苗(あつびょう))を持ち出した。二つの言葉は、同じ場面から、表と裏のように生まれていました。

焦って引っぱれば、根が浮いて枯れる。気も同じで、積み重ねて自然に育つのを待つほかありません。

第4話 · 山や海で、深呼吸

その厳しくも大きな「浩然の気」が、海を渡り時代を下るうちに、少しずつやわらいでいきます。

いまの辞書でも、語義の芯は「天地に満ちる、公明正大な精神」。けれど慣用句「浩然の気を養う」になると、重心が動きます。雄大な自然に触れ、心を大きく、のびのびと——英気を養う。倫理の核だった集義(義の積み重ね)は後ろへ引き、リフレッシュの気分が前に出てきました。

同じ孟子でも、「大丈夫」——真に立派な男——が「問題ない」へやわらいだのと、似た変化です(そちらは別の篇、滕文公下の話)。

それでも「養う」という動詞と、「焦って一度には得られない」という核は、いまの慣用句にも、うっすら残っています。

「浩然の気を養う」——山の空気を大きく吸い込む、その奥に。焦って苗を引き抜いた宋の男の背中と、「義を積め」と説いた孟子の声が、まだ小さく息づいている——のかもしれません。