「鳴かず飛ばず」という言葉、いま使うのは、何の活躍もできずにいる人のこと。「入社以来ずっと鳴かず飛ばずでね」——そんなふうに、少し気の毒な響きで使います。
ところが語源をたどると、意味がまるで逆。しかも、ひっくり返る鍵は、どうやら、たった二文字が落ちたことにあるらしいんです。
第1話 · 命令を、出さない
『史記』によれば、紀元前 613 年、楚(そ)に荘王(そうおう)という王が立ちます。のちに春秋五覇に数えられることになる人です。
ところが即位してから三年、この王、まったく政治をしません。命令ひとつ出さず、昼も夜も遊び暮らしている。しかも国じゅうに布告を出した——諫める者があれば、死刑。赦さない。
ふつうなら、誰も近づけません。
第2話 · 阜(おか)の上の、鳥
そこへ乗り込んだのが、伍挙(ごきょ)という臣でした。
王は、左に鄭(てい)の姫を抱き、右に越(えつ)の女を抱いて、鐘と太鼓のあいだに座っていた。伍挙は切り出します。謎かけを一つ、差し上げたい、と。
鳥有り、阜(おか)に在りて、三年蜚(と)ばず鳴かず。是れ何の鳥ぞや
丘の上に鳥がいます。三年、飛びもせず、鳴きもしない。これは何の鳥でしょう——と。
死刑の布告があるので、正面からは諫められない。だから、鳥の話にした。荘王は、こう答えます。
三年蜚ばざるも、蜚べば将(まさ)に天を沖(つ)かんとす。三年鳴かざるも、鳴かば将に人を驚かさんとす
三年飛ばなくとも、飛べば天を衝く。三年鳴かなくとも、鳴けば人を驚かす。分かっているぞ、下がれ——と。
第3話 · 効かなかった、謎かけ
さて、いい話はここで終わりません。
『史記』は、こう続けます。数か月が過ぎ、遊びはますますひどくなった。謎かけは、効かなかったんです。
そこへ乗り込んだのが、蘇従(そじゅう)という大夫。王は言いました。「布告を聞いていないのか」。蘇従は答えます。この身が死んで王が目を覚ますなら、望むところです、と。
ここで荘王は、ようやく動きました。遊びをやめ、政務を執る。処刑した者、数百人。登用した者、数百人。そして伍挙と蘇従に、政治を委ねた。国じゅうが喜んだ、と『史記』は書きます。
その年、楚は庸(よう)という国を滅ぼしました。この一戦には『春秋左氏伝』にも記録があって、紀元前 611 年のことと分かります。そして五年後、荘王は周の国境に兵を並べ、天子の宝の重さを尋ねることになります。
第4話 · 足りない、二文字
面白いのは、この話、諫めた人が史料ごとに違うことです。
『韓非子』では右司馬という官名の人物。『呂氏春秋』では成公賈(せいこうか)。『新序』では士慶(しけい)。そのうえ『史記』には、斉(せい)の威王を淳于髡(じゅんうこん)が諫めるそっくり同じ話が、別の巻に載っている。同じ話型が、王の名も臣の名も替えながら、あちこちに浮いていたわけです。
さて、日本語のほうです。国語辞典を引くと、なかなか面白いことになっている。
「三年飛ばず鳴かず」——この形で見出しを立てる『日本国語大辞典』は、意味を「長いあいだ雌伏して、機会を待つこと」と書きます。原義のままです。ところが「鳴かず飛ばず」で見出しを立てる『大辞泉』には、「何の活躍もしないでいるさま」という意味が加わっている。
二つを並べてみると、こう読めます。期限が落ちると、「待っている」という目的も、いっしょに落ちる。残るのは、鳴きも飛びもしない鳥だけ。
荘王は、三年で飛びました。私たちが使う「鳴かず飛ばず」の鳥には、その三年が、もう付いていません。