「パニック」という言葉、いま使うのは、突然襲ってくる恐怖や混乱のこと。群衆が我を忘れて出口に殺到する、頭のなかが真っ白になる——理性が吹き飛ぶ、あの状態です。

でも語源をたどると、これはギリシャ神話の神さまの名前。しかも、上半身は人間で、腰から下は山羊という、なんとも奇妙な姿をした神なんです。

第1話 · 山羊の脚をした神さま

その神の名は、パン(Pān)。神々の使者ヘルメスの息子とされます。人間の胴に、山羊の脚。頭には二本の角が生え、あごには髭。生まれたとき、その顔を見た乳母が悲鳴をあげて逃げ出した——と、古い讃歌は伝えます。

ムーサよ、ヘルメスの子パンを語れ。山羊の脚と二本の角を持つ、物音を愛する神を——『ホメロス風讃歌』第十九歌「パンへの讃歌」

パンが棲むのは、森や山、人里離れた野原。羊飼いと家畜の守り神であり、葦(あし)を束ねたパンの笛を吹き鳴らして、ニンフたちと山を駆けめぐる。にぎやかで、そして——ひどく気の短い神でした。

第2話 · 真昼の森で

古代の羊飼いには、鉄則がありました。真昼に笛を吹いてはいけない

なぜか。詩人テオクリトスが書いています。昼どき、パンは狩りに疲れて眠っている。この時間に起こせば、鼻の先にとがった怒りを宿した神が、機嫌を損ねる——と。

昼下がりの森は、しんと静まりかえります。そんな場所で、旅人がふいに理由もなく総毛立つ。羊の群れが、何かに怯えて一斉に駆け出す。目に見える原因は、どこにもない。この正体のない恐怖を、ギリシャ人は「パンのしわざ」と考えました。

第3話 · 夜の谷あいで

パンの恐怖が、いちばん劇的に牙をむいたのは、戦場でした。

伝承では、パンは酒の神ディオニュソスの将軍。あるとき、谷あいの陣に敵の大軍が迫ります。パンは味方に命じ、夜の闇のなかで、一斉に鬨(とき)の声をあげさせた。声は岩山にこだまして、何倍にもふくれあがる。敵は「とてつもない大軍に囲まれた」と思い込み、陣を捨てて逃げ散った——戦わずして、恐怖だけで崩れたのです。

理由もなく夜営が総崩れになる、この集団の恐慌。ギリシャ人はそれを、「パンによる(panikos)」ものと呼びました。パンの名が、恐怖そのものの名に変わった瞬間です。

第4話 · 「すべて」ではなく

ひとつ、紛らわしい点があります。パンデミックやパノラマの「パン(pan-)」は、「すべて」を意味する、まったく別の言葉。パニックのパンとは、語源がちがいます。

面白いのは、古代ギリシャ人自身が、この二つを引っかけて遊んでいたこと。さきの讃歌は、「神々がみな(pántes)喜んだから、この子をパンと名づけた」と結びます。もちろん、ただの語呂合わせ。牧神の名は、本来「すべて」とは関係ありません。

ともあれ、ギリシャ語 panikos は、フランス語 panique(15世紀)を経て、英語 panic になります。名詞として「原因もなく大勢を襲う突然の恐怖」を指すようになるのが、18世紀のはじめ。それが海をわたって、日本語の「パニック」になりました。

真昼の森でうたた寝していた、気の短い山羊脚の神。その不機嫌の名が、いまも私たちが我を忘れる、あの一瞬に貼りついています。