「他力本願じゃ、だめだよ」。自分で努力せず、人の力をあてにすること——ふつうはそういう意味で使われています。

ところが、この四字の「他力」は、隣にいる誰かの力ではありません。「本願」も、あなたの願いではない。

願をかけたのは、仏のほうでした。

第1話 · 王位を捨てた男

話は、浄土の教えのよりどころ『無量寿経』に出てきます。

遠い昔、ひとりの国王が仏の説法を聞いて心を打たれ、国も王位も捨てて出家し、法蔵(ほうぞう)と名のりました。

法蔵は師の仏から、数えきれない仏の国のありさまを見せてもらい、それから五劫(ごこう)という途方もない時間をかけて考え抜きました。どんな国をつくれば、すべての人を救えるのか。

そうして立てたのが、四十八の願いです。その十八番目。

たとい我、仏を得んに、十方の衆生、心を至し信楽して我が国に生ぜんと欲い、乃至十念せん。もし生ぜずんば、正覚を取らじ……(『無量寿経』第十八願)

心から信じて、わたしの国に生まれたいと願う者が、たとえ十回念じるだけでも生まれられないなら、わたしは仏にならない。

「本願」とは、この誓いのことです。願の主語は、私たちではなく法蔵でした。経典によれば、法蔵はのちに仏となり、西の方に国をかまえた。その仏が、阿弥陀仏です。

第2話 · ロバに乗れない男

では「他力」とは何か。これを言葉で描いてみせたのが、六世紀の中国の僧・曇鸞(どんらん)です。

曇鸞は『往生論註』で、自力と他力をたとえで並べました。地獄などの苦しい世界に落ちるのを恐れて戒を守り、修行を積んで神通力を得て、自分の力で世界を飛び回る。これが自力。もう一つが、こちらです。

また劣夫の驢に跨りて上らざれども、転輪王の行に従えば、すなわち虚空に乗じて四天下に遊ぶ……(曇鸞『往生論註』)

ロバにもまたがれない非力な男が、世界を治める王の行列について行くと、空に乗って四方の世界を巡る。これを他力と名づける、と。隣の誰かをあてにする話ではなく、自分よりはるかに大きな力に乗る話でした。

のちに親鸞は『教行信証』で、はっきり言い切っています。他力といふは如来の本願力なり。他力とは、法蔵が立てたあの誓いの力のことだ、と。

第3話 · 四つの字を並べたのは

ここまで出てきたのは、「他力」と「本願」という二つの言葉です。四字続きの「他力本願」は、中国の祖師たちの書物には見えないとされます。

四字で使った例が見えるのは、日本の念仏者の書物です。法然の言葉を集めた『十二問答』に「他力本願ともいい、超世の悲願ともいうなり」とあり、親鸞も晩年の『唯信鈔文意』(1257 年)に「他力本願無上のゆゑなり」と書いています。

阿弥陀の誓いの力に、身をまかせる。まかせる先は、人ではなく仏でした。

第4話 · 国会で取り消された四字

「他力本願」が「人任せ」の意味で記録に現れるのは、辞書の用例で見るかぎり、近代に入ってからです。『日本国語大辞典』によれば、1928 年の新語辞典にこの意味が載っています。1947 年の国会では、もう「新聞でも他力本願というような言葉が濫用されている」と嘆く議員がいました。

抗議も繰り返されます。1968 年には、農林大臣が記者会見で憲法を「他力本願だ」と評し、国会では、西本願寺をはじめ十の宗門の代表が抗議を申し入れたと取り上げられました。2002 年には、カメラの新聞広告の「他力本願から抜けだそう」に真宗教団連合が抗議し、会社が謝罪しています。

いちばん象徴的なのは 1982 年の国会でした。首相の鈴木善幸は、答弁の途中でこう言い直しています。「他力本願という言葉は取り消しますが、人任せにするということは適当でない」。

取り消されずに残ったのが、まさに「人任せ」でした。

いまの国語辞典の多くは、この意味を「俗に」「転じて」として載せています。『デジタル大辞泉』も、「誤用が定着したものか」と添えたうえで載せている。一方で宗派は、いまも改めるよう呼びかけ続けています。

ロバにも乗れない男が、王の行列について空を行く。もとの「他力」が描いていたのは、そういう絵でした。