「桃源郷(とうげんきょう)」という言葉、いま使うのは「俗世を離れた理想郷」「夢のような別天地」。「ここはまるで桃源郷だ」——わずらわしさから切り離された、夢みたいな場所のことです。
でも語源をたどると、これは約千六百年前の中国で、一人の漁師が川をさかのぼって迷い込んだ、ある村の話なんです。しかも「桃源郷」という言葉そのものは、その物語には一度も出てきません。
第1話 · 桃の花の林
東晋のころ、武陵(ぶりょう)の漁師が、谷川をさかのぼっていました。どこまで来たか忘れるほど行くと、ふいに、両岸が桃の花で埋め尽くされた林に出る。
土地平曠(へいこう)、屋舍(おくしゃ)儼然(げんぜん)たり——土地平曠、屋舍儼然(陶淵明『桃花源記』)
林の尽きる水源に山があり、小さな洞穴がぽつんと口を開けていた。漁師が身をかがめてくぐり抜けると、その先に、広々と開けた別天地があらわれます。整った家々、肥えた田畑、行き交う人々。
第2話 · 漢を知らない人々
村人たちは漁師を見て驚き、それでも手厚くもてなしました。話を聞けば、彼らは秦の戦乱を避けてこの地に移り住んだ人々の子孫。以来ずっと外界と隔絶し、外の歴史を何も知らない。
今は是れ何の世ぞと問ふに、乃(すなは)ち漢有るを知らず、魏晋を論ずる無し——不知有漢、無論魏晋(同)
漢王朝があったことすら知らず、まして魏や晋など言うまでもない。数日を過ごして村を出るとき、人々は漁師に、「外の人には言わないでくれ」と頼みました。
第3話 · 二度と、たどり着けない
ところが漁師は、帰り道のあちこちに、こっそり目印をつけていた。そして役所に駆け込み、太守に報告して、案内とともに村を探しに戻ります。
けれど——つけたはずの目印は、どこにも見つからない。道は失われ、村は二度と姿を現さなかった。高潔で知られた隠士・劉子驥(りゅうしき)も探そうとしましたが、果たせぬまま病で世を去り、以後その地に分け入ろうとする者は、誰もいなくなりました。
第4話 · 「桃花源」から「桃源郷」へ
この物語を書いたのは、陶淵明(とうえんめい)。役人暮らしを自ら捨て、田園に隠れて詩を作った人です。原典『桃花源記』に出てくる語は、あくまで「桃花源」。いま私たちが使う「桃源郷」という三字は、後の世に作られた言葉でした。唐の詩人たちが「桃源」を理想郷の代名詞として詠み、やがて「郷(さと)」が添えられていったのです。
では、あの村は仙人の里だったのか。北宋の詩人蘇軾(そしょく)は、そうは見ませんでした。「鶏を殺してもてなす仙人などいるものか」と。住人はあくまで、戦乱を逃れた人々の子孫=ふつうの人間なのだ、と。
戦も、重い税も、争いもない。ただ静かに暮らせる、それだけの村。陶淵明が本当に描きたかったのは、不老不死の楽園よりも、人がただ穏やかに生きられる世界のほうだったのかもしれません。