「話の辻褄が合わない」「あとで辻褄を合わせる」。筋道がきちんと通っていること、前と後ろが食い違わないことです。

辞書を引くと、語源の説明がついています。辻は、裁縫で縫い目が十文字に合うところ。褄は、着物の裾の左右が合うところ。合うべき二つの点がきちんと合う、だから辻褄、というわけです。

ところが、この説明の裏を取ろうとすると、話の辻褄が少しずつ合わなくなってきます。

第1話 · 和製の二字

まず字のほうから。辻(しんにょうに十)も、褄(ころもへんに妻)も、どちらも日本で作られた漢字、いわゆる国字です。清の『康熙字典』には、どちらの字も載っていません。

辻は、道が十文字に交わる場所。平安時代の『宇津保物語』に、もう「三条京極のつじ」が出てきます。辞書によれば、古くは十字路を「つむじ」と言い、それが縮まった言葉だといいます。

褄は、着物の「つま(端)」。衿先から下のへりや、裾の両端のことです。

道の言葉と、着物の言葉。日本で作られた字を二つ並べたのが「辻褄」です。

第2話 · 用例のない「辻」

では、裁縫の「辻」はどうか。『精選版 日本国語大辞典』の「辻」の項には、十字路、路上、合計、辻番所、馬具の名……と、意味がいくつも並び、十字路にも路上にも合計にも古い用例が添えてあります。

ところが、「裁縫で、縫目の十文字になる所」には、用例が一つもありません。国立国会図書館の次世代デジタルライブラリーの全文検索で「縫目の辻」「縫ひ目の辻」を探しても、出てきませんでした。

褄のほうも、少しずれます。辻褄の項では「裾の左右が合うところ」なのに、同じ辞書の褄の項は「裾の左右両端」。同じ辞書の中でも、言い方がそろっていません。

縫い目の十文字という説明は、江戸後期の戯作者・柳亭種彦(りゅうていたねひこ)の随筆『柳亭筆記(りゅうていひっき)』に見えます。いま「つぢつまのあはざる」というのも、衣を縫うことから出た言葉で、つぢは縫い目の十字になるところをいう——。使われた例ではなく、種彦の語源の説明です。

第3話 · 辞書の説は、ばらばら

明治からあとの辞書を開くと、説はさらに割れます。

大槻文彦の『言海』(1889〜91)は、辻褄は「線褄(すじつま)」のなまりだろう、と書きました。裁縫から出た言葉だとは言いますが、十文字の辻は出てきません。山田美妙の『日本大辞書』(1893)は、その線褄説を「受けられぬ」と退けて、辻を、方言で結局・結果の意味だとします。昭和の『広辞林』新訂版(1934)は、辻を「結果。始末。合計」としました。

合計の「辻」なら、古い用例があります。1520 年の荘園の記録に「支配の辻五十余貫也」。取り分の合計が五十貫あまり、という意味です。辻が合計なら、辻褄を合わせるは、帳尻を合わせるに近くなります。

縫い目か、線褄か、結果や合計か。どれにも決め手はありません。

第4話 · 衣と道のあいだ

『日本国語大辞典』が挙げる「辻褄が合う」のいちばん古い例は、井原西鶴が 1680 年に一昼夜かけて一人で詠み続け、翌年本にした俳諧『西鶴大矢数(おおやかず)』にあります。

これは又借ものといふ花衣/辻つまあはぬ藤の黄昏/行春や道か違ふてましますか(『西鶴大矢数』)

借り物の花見の衣、という句のあとに、辻つまあはぬ藤の夕暮れ。そしてその次は、行く春よ、道を間違えておいでですか。衣の句に付けて辻褄と言い、次の句は道で受けています。着物の褄と道の辻が、西鶴の耳には両方聞こえていたのかもしれません。

二百年あまりのち、夏目漱石の『坊っちゃん』の主人公は、赤シャツの頼みごとを「辻褄の合わない、論理に欠けた注文」と腹の中で切り捨てます。

辻褄の出どころの話は、それ自体の辻褄がまだ合っていません。それでも、日本で作られた二つの字は、合うべきところが合うことを、いまも言い続けています。