「宇宙」と聞いて浮かぶのは、ロケット、宇宙飛行士、真っ暗な空間に浮かぶ星。ずっと上のほうにある、広い場所です。
ところがこの二字、片方は場所。けれどもう片方は時間だったんです。
第1話 · どちらも、家の部品だった
まず字そのものから。後漢の字書『説文解字(せつもんかいじ)』は、「宇」を屋辺(おくへん)と説明します。屋根のはし、つまりひさしのことです。うかんむりが付いているのも道理で、もとは建物の部品でした。
「宙」も屋根まわりの字です。高誘(こうゆう)という後漢の学者は『淮南子(えなんじ)』の注で、宇はひさし、宙は棟木(むなぎ)だと言っています。屋根のてっぺんを端から端まで貫く、あの一本です。
そして『説文解字』は「宙」を、舟や車が行き着いて覆うところ、と説きます。清の段玉裁(だんぎょくさい)は、この「覆」を「復」——めぐって還る往き来のことだと読みました。高誘の棟木とは別の説です。それでも、端まで走って戻るという像は、どこかで重なります。
家の軒先から、世界の果てまで。この二字はそこから、ずいぶん遠くへ行きます。「気宇壮大」の宇、「堂宇(どうう)」の宇に、いまも建物だった頃の名残があります。
第2話 · 四方上下と、往古来今
戦国から漢にかけて、二つの字にはっきりした担当が割り振られます。前漢に編まれた『淮南子』の斉俗訓(せいぞくくん)はこう言います。
往古来今、これを宙と謂い、四方上下、これを宇と謂う(『淮南子』斉俗訓)
同じ文が、道家の書『文子(ぶんし)』にもあります。戦国の書『尸子(しし)』にも「天地四方、これを宇と曰い、往古来今、これを宙と曰う」とある。『尸子』のほうは宋のころまでに散逸してしまい、いま読めるのは清の学者が他の本の引用から集め直したものです。
宇は四方上下——上も下も、まわりの四方も。場所という場所の全部です。宙は往古来今(おうこらいこん)——遠い昔から、今まで。時という時の全部。
つまり「宇宙」の二字は、場所の全部と、時の全部を並べた言葉でした。この二字の外側には、もう何も残りません。
第3話 · 二字が並ぶとき
二つを続けて書いた早い例は『荘子(そうし)』にあります。斉物論(せいぶつろん)の「日月に旁(そ)い、宇宙を挟(わきばさ)む」——日と月と肩を並べ、宇宙を小脇に抱える、という壮大な物言いです。
同じ『荘子』の庚桑楚(こうそうそ)には、別の定義も置かれています。
実ありて処(ところ)なきものは、宇なり。長ありて本剽(ほんぴょう)なきものは、宙なり(『荘子』庚桑楚)
たしかにあるのに、ここだと指させないもの。長さはあるのに、始めも終わりも見つからないもの。前者が宇、後者が宙。あらためて読むと、空間と時間の定義として、ずいぶん踏み込んだ言い方です。
現代の物理が時間と空間をひと続きに扱うのとは、もちろん中身が違います。それでも世界の丈を測るとき、場所と時をひと組にした——その手つきだけは、二千年以上前からありました。
第4話 · 落ちたのは、時間
この二字は、ずいぶん早く日本語になっています。『日本書紀』に「宇宙に君臨す」とあり、奈良時代の漢詩集『懐風藻』の序にも出てくる。指しているのは天下、この世です。中国でもこの二字は、そのまま世界そのものを指す言い方として使われていました。日本はそれを、意味ごと受け取ったわけです。
いまの意味になるのは、ずっとあとです。幕末から明治にかけて、この古い言葉が universe の訳語に選ばれ、天文の言葉に変わりました。学校で習うのは、星が浮かんでいる側の宇宙です。
そして「宙」の一字は、別の道を行きました。宙に浮く。宙返り。宙ぶらりん。どれも空中、つまり場所の意味で、時間のほうは残っていません。二字のうち、時間を担当していた字だけが、いつのまにか配置換えになった。
第1話で挙げた気宇壮大、堂宇のほうは、日常会話ではまず出てきません。単独で生きているのは「宙」だけ——しかも空中の意味で。「宇」は、二字が組んだときにしか顔を出しません。
私たちは「宇宙の年齢は百三十八億年」と言います。年齢という時間を、外から付け足したつもりで。その時間は、もともと「宙」の一字が引き受けていたものでした。