「図星(ずぼし)だろう」「図星を指されて、言葉に詰まる」。隠していた本心や思惑を、ぴたりと言い当てられることです。

『精選版 日本国語大辞典』を引くと、図星の最初の意味は「的の中心の黒点」。弓の的の真ん中です。そこに当たるから、図星。

ところが、同じ辞典の用例を年代順に並べ直すと、少し違う景色が見えてきます。

第1話 · 的の、星

まず「星」のほうは、たしかに的の言葉です。

室町時代の弓術の書に、すでに「矢あての星」という言い方があります。江戸の初めに宣教師たちがつくった『日葡辞書』は、星を「的の真ん中に付ける黒い印」と説明し、「的の星をねらう」という用例まで載せています。

元禄のころには、鉄砲の的に描いた黒い点を黒星と呼び、そこに当てることを、推量が当たるたとえにも使いました。いま相撲で負けを表す黒星とは、向きが逆です。

的の真ん中の黒い点を「星」と呼んだことは、疑いようがありません。問題は「図」のほうと、二つがいつ組み合わさったかです。

第2話 · 針を立てる

『精選版 日本国語大辞典』が挙げる「図星」のいちばん古い用例は、1638 年の俳諧集『鷹筑波(たかつくば)』にあります。

図星をやただして針を立ぬらん/唐土(とうど)へ舟ををし渡すなり(『鷹筑波』)

前の句が詠むのは、図星をきちんと定めて針を立てたのだろう、という場面。そこへ次の人が、唐土へ舟を押し渡す、と付けました。

矢は、どこにも出てきません。

この付合(つけあい)を、江戸後期の学者・村田了阿(むらたりょうあ)が、自分で編んだ辞書『俚言集覧(りげんしゅうらん)』で読み解いています。図星とは、鍼灸を試す銅の人形のこと。図法師(ずぼうし)とも言う。了阿の読みでは、前の句は鍼の稽古の場面で、付けた句がそれを、船旅で見る星の度数と羅針盤の針に取りなした、というわけです。

図法師は、鍼を打ち、灸をすえる場所を人の体に描き示した図や人形のことで、1563 年の講義録『玉塵抄(ぎょくじんしょう)』にもう出てきます。音も「ずぼうし」と「ずぼし」で、よく似ています。

こうした銅の人形は、宋の時代の中国で、医者の腕を試すのに使われていました。南宋の随筆『齊東野語』によれば、全身の経穴(つぼ)の位置に穴があり、試すときは表面に黄色い蝋を塗って穴を隠し、中に水を満たす。つぼに当たれば鍼が入って水が出て、少しでもずれれば鍼は入らない。

見えない一点を、正確に当てる。図星という言葉の芯と、重なって見えます。

第3話 · 図に乗る、の図

では「図」は何か。

弓の的に描かれた図、と考えたくなりますが、図に当たる、図に乗るの図とみる見方もあります。この図は、ねらい・もくろみのこと。『太平記』には「思ふ図に合戦」という言い方があり、思惑が当たるのが「図に当たる」、うまくいって調子づくのが「図に乗る」です。ねらいの星、と読めば、的の話ともつながります。

図星を銅の人形と説いた『俚言集覧』自身も、「図」の項では、図に中(あた)る、図をはずす、図に乗る、と並べたあとに、図星などと言う、と書き添えています。

『精選版 日本国語大辞典』は、「図」一字の項にも「ねらいどころ」「思うつぼ」の意味を立てて、「ずぼし」と言い換えています。挙がっている例は 1470 年代の、図一字の使い方。図星の項のいちばん古い例より、百六十年あまり前です。

同じ辞典は、1638 年の図星を、的の意味ではなく見こんだところ・急所の意味に分類し、図星を図法師と同じとする意味も、1703 年の俳諧を引いて立てています。第一の意味に据えた「的の中心の黒点」の用例は、1922 年のものしか挙がっていません。それより古い例として確かめられるのも、幕末に来日したヘボンの和英辞典(1867)の訳語です。

「図星」が的の中心を指す例は、『精選版 日本国語大辞典』の用例のうえでは、むしろ新しいのです。ただ、図星の項に弓術の書の用例が挙がっていないだけかもしれません。反対に、図星がもともと図法師のことだったなら、「図」は人体の図で、「星」は的と関係のない当て字だったことになります。

弓の的か、鍼の人形か。どちらにも決め手はありません。

第4話 · 指される

明治になると、図星は小説のなかで、言い当てる言葉として定着していきます。

夏目漱石は『琴のそら音』で、家の婆さんの一言をこう書きました。「婆さんずばと図星を刺す」。そのすぐあとに、寒い刃が闇にひらめく、と続けています。芥川龍之介も太宰治も、図星は「当たる」か「さされる」ものとして書いています。

漱石は「刺す」と書き、『デジタル大辞泉』は「図星を突く」を例に挙げます。刺す、突く、指す。字は違っても、どれも細い先を一点に向ける動きです。的の話なら射抜かれてもよさそうなものですが、言い当てられたとき、私たちは射抜かれたとは言わず、指された、と言います。

矢の話でも、鍼の話でも、届いているのは細く鋭い一点です。